きのう枝豆もぎしましたが、まだ始まりの始まりといった感じで一株一株探しながらもぎとりました。さやの数、粒のおおきさどちらも平年以下のような感じです。ほとんど雨、という九月は関東だけのようなので全国的には普通の収穫になるのでしょうか。
きょうは雨で車はずうっと暖房していました。眠くなってしまうのでよくないのですが。すずしいため燃費もだいぶ良くなってきました。
講談社現代新書の『宗教建築を体感する 祈る心をかたちにすると』(武澤秀一著)の二回目を読んでいます。これからの自分の読書の参考書という理解の強力な解析道具となるような本で各地の神話や古事記を読むのが楽しくなりました。著者は60歳から著作を始めた建築家ですがカントが57歳で『純粋理性批判』を出したことを考えると、ものかきというのはことばの魔術師という天稟性を絶対必要とするある種の天才職業かとふだん思ってましたが、別の意味の天才・博覧強記性の物書きもいるんだなと驚いています。カントも武澤さんも”創作”ではなく”研究者”というか思索者・哲学者なのですが、「・・・を成し遂げなければ」という強い思いを持ち続けて、あきらめることなく努力し続けそれまでの思索の成果を捨てることなくある成果に向けて保持・温め・熟成してきたことは私のような底辺の仕事をしているものにとっても励みになる”感謝”のひとです。奥の細道を読んでいてすら「ああ、あれだ」というところもあり、ニュートンが目前の現象解析のために微積分学を発明したのと類推して、武澤さんのこの本を”微積分学”扱いにしてこれからの本読みに使っていこうと思います。西上州の稲含山と貫前(ぬきさき)神社のことも細かく出ており、西上州ファンのかたにとっても価値ある一冊だと思います。ちなみに自分は、キンドルと紙の本両方で読んでいます。

