TOPのINDEXへ
研究室トップ

うまさの決め手は煮方か、寄せか?

 豆腐製作の過程は浸漬からはじまって煮たり寄せたり、箱盛りにいたるまでそれぞれに意味をもっていますがそのなかで豆腐の味に特に大きな影響を与えるのは「煮ること」と「寄せること」です。

 それではこの2つを比べたらどっちが大事なの? ということですが、これは難しい問題です。

 簡単に言ってしまえばこの両者は車の両輪みたいなもので双方がお互いに助け合ってひとつの「おいしさ」を形作っているといえるでしょう。

 もっと明確に言うと、味は煮方がつくり、味の気品を作っているのが寄せだと言えるかも知れません。

 一昔前まではにがりが受難の時代で、なんというか「豆腐は味があってないようなもの」というのが社会の常識で、要するに触感だけが豆腐のいのち・・・みたいな時期がありました。硫酸カルシウムやグルコンは効率よく「つるつるの豆腐」を作れます。

 しかしご存知のようににがりは豆の味・香りをきわめて効率よく引き出してくれる凝固剤だと再認識するようになり、味も触感もどちらも大事ということが平均的な日本人の「豆腐のスタンダード」と考えられるようになってきました・・・にがりでつるつるは極めてむつかしい技術を要求されますが。

煮る
 大豆は品種や同じ品種の生産者違い等によって性質がいろいろと変わってきます。するとその大豆がもっともその良さを発揮できるような状態にするための煮方も当然変わってきます。煮方を固定しその煮方でうまくなった大豆がいい大豆でそうならないのが悪い大豆というのは間違っています。こう言って問屋さんが新しく薦める大豆を即否定してしまうのは職人として恥ずかしいことです。

 また「その大豆が最もその良さを発揮できる・・・」と書きましたがその「最も良い状態」というのも好き好きの問題があるので価値判断の基準(criterion)を固定して決め付けてしまうのもあまりいいことではないのですが・・・。ここのところは職人の美意識みたいなものの差としていろんなあり方があったほうがいいのかなとも思います。もっとも「一般的にいい」というのはもちろん存在するものですが、「おもしろい、たのしい」味というものは基準から少しずれたところにあるものです。

 煮ることは方法論を掴んでしまうと機械化はかなり可能で人間がチェックしいしい作業を進めることでかなり省力化は可能だと思います。

 これは推測でしかありませんが、最も適切な煮方は地釜すなわち開放された大なべを直火で煮るのがもっともおいしい豆乳の煮方だと思います、ただし無消泡剤だと不可能かな・・・人間の背丈をこすような巨大なべのなかにちょこっと呉を入れてにるということなら可能ですがとても非現実的かしらね、それに巨大さに応じたなべの厚さもあるでしょうし熱伝導が悪いかあるいはとんでもない火力が必要と言うことでやっぱし実用からはほど遠いかもしれません。

寄せる
 寄せはにがりの中のマグネシウムと微量の塩分が甘味をひきたてる、またにがりの中のそれ意外の成分が調味料的働きをするということを別にすると、煮あがった豆乳の基本的味そのものを構成するというよりも味を引き立てるというか味に気品を与える周辺要素と考えてもいいかも知れません。しかしだからといって決して「従」といふうに見てはいけない要素です。

 寄せの良さはその「つるつる性」にあります。つるつるは「保水の良さ」を表しますがこれはとりもなおさず「水分」ばかりでなくもろもろの味を閉じ込めておく技術でもあります。ただし「甘味」は寄せの良し悪しにかかわらず煮方だけで出せるように私には感じられます。
 またつるつると同時にクリーミー感を保有する・・・これはすなわち「くねくねとしなる」ということの物理的性質を保有していることの別の視点から見た状態を表しています。
 
歴史的に見るとにがりの寄せの原点は、豆乳の中ににがりをぶちこんでぐるぐるかき混ぜただけの「とにかく凝固していく」ことでしかなかったわけですがそれが、「なめらかに、つるつるに」という洗練化を求めてきたというのが歴史的な経緯です。化学反応の上で言うと全体的にきれいに均質に反応しているということだと思います。

 煮方には職人の美意識の差からいろいろな煮方があってしかるべきと思いますが、寄せには答えはひとつだと思います・・・基本的には。これもやはり現実のことを言うと、うまいというのは個人差もあることなので、うまさは「完璧」から少しずれたところにあるのかもしれませんね。ただし、その「ずれ」を意識できるためには「完璧な状態」がどういうものであるかがわかっていなければなりません。

 煮方と違って一発寄せは(消泡剤を使わない場合は特に)不規則を相手とするので安定した機械化はほぼ無理だと思います・・・ライン生産でも偶然あるいは短期的に継続して成功する可能性は考えられますが。
 

初稿
2002.5.08