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消泡剤(乳化剤)コーティングにがりについて

2004.3.07、10


花王さんのマグネスフアイン(埼玉屋さんにも委託試行記録あり)で作った豆腐を食べた・・・作ったわけではありません。
正直言って脅威であった。うまいです。消泡剤使用の豆腐としては完璧の域にあります。

花王さんについては本社の美人社員がうちのお客樣であったり、以前NHKの経済人討論会でこの不景気下での各社の経営戦略を語る討論会において、前の社長さんでしたがあまりにもユニークな発言をしたり人柄であったことにとても感動してしまったことをいまでも覚えています。すごい社長さんでした・・・ほかの出席者と全然違っていた。

そこの大切に育てられた技術者によって開発されたのがこの「乳化剤すなわち消泡剤でコーティングされたにがり」です。
にがりは豆乳との反応が極めてはやいので寄せがむつかしいわけですが、それを簡単にしかも失敗なくということで開発されたわけです。発想がすごいです・・・おそらく特許の関係からこの発想による二番煎じ的なものが他社から出されるだろうことは容易に想像できます。

マグネスファインを豆乳に投入して専用の攪拌機でとにかく激しく攪拌するというものです。塩化マグネシウムのまわりにコーティングされて殻が徐々に解けていく時間差をかせぐことで繊細な攪拌なしに均質に分散させられるということです。

食べて非常に緻密であることを感じます。

これでは手作りの出番は・・・ということになってしまうのでは。

消泡剤無使用と比べてみる。

無消泡剤は原理の上から乳化は不完全です。どんなに煮方でがんばっても同じには絶対になりません。豆乳の緻密さという観点からはあきらかに消泡剤使用に比べると劣っています。
この不完全さゆえに無消泡剤による豆腐は顕微鏡的にみると"荒れている"のではありませんが"ムラ煮えに"よっています。すなわちざらざらといういわゆるにがりの荒れではなく"ぷつぷつ"といった触感がつるつるさの中に感じられます。局部的にはつるつるなのですがムラに寄ったところがぷつぷつとなっていてあたかも荒れているように感じるのです。・・・ところがこの物理的不具合が食べたとき口のなかでほろほろとくずれていく何ともいえない心地よさをあたえてくれるのです。この"もろさ"が身上です。
 ムラとは言え、粘性やクリーミー感は工夫で達成できるので無消泡剤は決して捨てたものではありません。ただし難しい。
  大量生産のための技術で"手仕事"は隅へおいやられてしまいそうですががっかりすることはないと思います。
 
 マグネスファインはまさに革命的な技術革新で、これを成し遂げた企業・技術者には大きな賛辞を与えなければなりませんが、これを使う側が「ほらすごいだろう」といい気になっているのは実に見苦しい限りです。
 にがりに限らず他の凝固剤、そして煮方、漬け方・・・すべてにわたって多くの試行錯誤をみずから体験し知見を獲得していくなかにしか大豆さんとの付き合いは完成されてはいきません。
 ひとがしいたレールの上で言われたとうりを繰り返しているだけでは繊細な表現技術は身についてはゆかないだろうと今回のこの豆腐を食べて感じたことです。技術は使い方次第です。微妙な変化を読み取りながらその技術を微妙に塩梅・工夫していくことによってはじめてその技術使用の成果はフルに発揮されたといえるでしょう。
 
 
2004.3.10マグネスファインの豆腐を食べたことのある 仲間に聞くと、味はにがり・触感はグルコンのぷりぷり・・・という。あれれ、自分が食べたのは味はいいとして触感はねっとりまったりの典型的な消泡剤使用のにがり豆腐の触感であった。豆腐の触感としては究極レベルの2段階ぐらい下でかなりいいものであった。

 私はにがり豆腐は消泡剤を使わないで製造していますが・・・硫酸カルシウムやにがりと硫酸カルシウムの混合凝固剤、すなわち固めの豆腐を作るときは高温寄せということもあって消泡剤を少し入れています・・・消泡剤で充分に乳化した豆乳がどういうふうな触感になるかということを忘れかけていたので、きのうのマグネスファインの豆腐を再チェックする意味も込めてこの実験をしてみました。
 捨ててもいいように例のくず豆・・・でも味はいい・・・でやってみます。
 
 多投与といってもまあ世間一般の普通量といわれている量を入れる。
 ていねいに煮すぎてへたっているかなといったところ。
 豆乳はうまい。
 寄せる・・・超安定対流、ちからは非常に強い。予備においておいたにがりでは量が足りない・・・といってもにがり置き場に行っている間はない、あきらめるか。
 へろへろに寄る。やっこい。乳化しすぎ。いくら乳化しすぎといってもにがりの入れすぎである、甘くてうまいのだけど奥のほうでへんな味がする。
 ねっとりまったりの極致である。
 ・・・・・。
 廃棄する。

 マグネスファインは80℃近辺でかなり激しく攪拌するということなので、もとになる豆乳はおそらく無消泡剤では困難であろうと思う・・・といっても加える塩化マグネシウムをコーティングしている乳化剤がその泡を消してくれるのだろうか? この乳化剤は要するに塩化マグネシウムの反応の遅延化をコーティングの殻の溶解時間と豆乳の乳化促進によって遅らせるということが基本原理・思想であると思う。
 大豆は本来油脂をふくんでいる。
 油脂の存在が豆腐の粘性を演出している。
 無消泡剤はこの油脂をどこまで乳化させてやれるかが勝負である。
 消泡剤を使った場合の「ねっとり、まったり」というのは要するに材料の大豆の中にそもそも含まれている油脂の乳化に付け加えて、外部から油脂を追加してやるのだから「ねっとり、まったり」が簡単に演出できるのは容易なことである・・・もちろんそれ以下の豆腐はごまんとあるが。

 無消泡剤の醍醐味は例の"もろさ"とこの"少ない乳化でいかにねっとり、まったりを出すかにある。
 また無消泡剤豆腐は工業的には不完全な製品である。
 技術的には充分に乳化のおこなわれた消泡剤使用豆腐のほうが完成された技術であるといえる。
 触感は消泡剤使用のほうが勝っている(ただし上手に使えばの話)、味は五分五分で意見の分かれるところである。
 いわゆる"自然志向"のひとたちの何が何でも添加物嫌悪というのもへんであるが、そのことを売り物にしている商法はもっといやである。そういう方たちはこういった豆腐の技術的発展(劣化)の歴史を踏まえた上の説明を消費者にきちんと示さなければならない。


また出来あがってしまった豆乳中への乳化剤投与、マグネスファイン使用時の原材料表示について「乳化剤」表記の必要はないということだがこれはおかしいと思う。
大豆をつぶしたもの(呉)を煮るとき消泡剤を入れてやるのが"消泡剤の本来の"使い方で、このとき消泡剤は豆乳中にはほとんど残存しないでおからのほうに行ってしまいますが、凝固剤にコーティングするとなると添加したものはそのまま製品になるわけです。
そもそも大豆の中に含まれているものと同じものだから、という理由によるらしいがこれはへんである。
たとえば煮豆に砂糖を添加すれば砂糖添加と書く。大豆の中にはそもそも糖分が入っていますが。
材料がそもそも持っている"量"とは別に外部から付け足すのであるからには添加物として明記すべきだと思う、そうではないというのならそれは法律がおかしいと思う。