雑談


2007.6.25 今年蒔いたおきんさまに混入していた小粒の大豆について。
納豆小粒のルートはそもそもおきんさまのなかから選抜されたものであるとの記事を東京都立食品技術センターの記述中に発見しました。つまり今回ウチでまいた小粒大豆は選別場て゜おきんさまに混入した納豆小粒と考えるよりはそもそも納豆小粒のオリジナルの出方から得られた本家本元でと考えるほうが正しいのではないかと考えられます。
  

2007.8.26 新りんご
 今頃になるといよいよ新物のりんごが出てきます。青りんご、ということばもこれを指すのでしょうか。
 私はりんごそのものがそんなに好きではないのですが・・・たぶんりんごを見て歯がぞくぞくするから、実際には血がでることもたまにはありますが・・・ふつうに食べることのできるくだものです。基本的には現代人の"困った病=なんでもかんでもやわらかい志向"に知らない間に乗っかってしまっているせいかもしれません。
 ですから私はどちらかというと3、4月ごろから初夏にかけての"すかすか"のりんごが好きだったりするのです。
 青りんごは独特のすっぱみの中にもほのかな甘みがあってほんの短いこの時期にしか味わえない楽しい味わいがあるのですが、よく考えてみると出始めから終了までは微妙に味が変化していって改めて食の楽しみの重要なポイントに時期ごとに変化していく味わいがあるのかなと考えさせられます。品種による多様性、食べる時期の違いによる多様性、加工の多様性、同じ加工作業でも使用時期による変質の多様性・・・・。
 甘さ一辺倒、すっきり・さっぱり一辺倒、こってり一辺倒・・・・これらは文化をいやしくするものだと思います。

2007.12.06 埼玉屋さんから彼の作品とおいしいお菓子がおくられてきました。
 彼の豆腐も洗練を極めだれにも到達のできない高さ・領域に入り込んでいることを感じました。彼はまだにがりなどほとんど見向きもされなかった時代からの職人でその融通無碍な姿勢には頭が下がるばかりです。技術から思想が生成されていくのを彼の日々の姿勢から感じていましたがほんとの哲学者とはこういうものなのかなと思います。小理屈ばかり先行する"自称芸術家"やものつくりが氾濫する中で貴重な若手の存在といえます。
 まだ若干の迷いが感じられますが周囲をあまり気にせず本人がほんとに食べたいものを作っていけばいいと思います。彼には大豆やにがりの来歴・能書きなど必要のない深い洞察力と即時対応力、構成能力があり現状に満足しきらない前向きのパワーを感じます。いかなる材料でもうまくしてしまう力があります。
 技術の限界つまり自分の無能・怠惰を察し、材料の能書きや浮ついたポリシーを喧伝する商業主義に堕しているものつくりは彼を見習うべきです。思想が技術のベクトルを作るのではなく、技術がそれ自信のベクトルを自己形成してそれが思想になっていきなおかつそれが技術にフィードバックしていくのです。
 国の歩みの力になっている男に感無量です。