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在来種の問題点


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2005.10.09

 先般埼玉県の在来種大豆を考えようということで集まりがあった。
 熊谷の試験場で、創立100年以上というから、とてつもなく古くて敷地の広い施設であった。
 埼玉県の在来種というと秩父の白光が有名でこちとらも時々やってみたりしている。
 絶滅危惧種だったものを秩父のA味噌屋さんが地域おこし的に使いはじめたら秩父盆地内で広範に使い始められたらしい。
 芽の色に若干のヴァリエーションがあるみたいで厳密な意味でどれが始祖ということは断定できないものと思われるが、自然科学とはこういうものであると思う。

 さて在来種そのものが昨今ブームになりかかっているわけだが、こと大豆に関していえば多くの問題点を抱えている。
 研究施設が作られ改良品種というものが求められるようになったのが明治のいつごろなのかといえば試験場の創設年代とほぼ同じころと考えていいと思うのだが、なぜ"改良"しなければならないのかという動機は100年の時の流れの中で若干変化してきているのではないかと思う。
 時代を問わず一番大きな理由となっているのは経済的要因である。
 つまり「たくさん実がつく」ということである。
 そのためにはさやそのものの数が多いこと、病気・害虫に強いこと、気候変動に強いこと等である。
 現代にいたって良くいわれることは今のことにつけ加えて「収穫しやすい」つまりコンバインで刈り取りやすいということがおおいに関係してくる。背の高さや倒伏の多少、生育の横方向性・枝のはり方等である。

 在来種がすたってきた理由はこの経済性の低さにあると思われる。
 つまりたくさんとれない、あるいはとれにくいということである。それに収穫しにくい。
 ただでさえ金にならない大豆ということに、かてて加えて今いったような条件が付け加わればますますやる気はなくなるのもあたりまえかもしれない。
 したがって在来種が今のいままで継続してきた支え手は、あぜに植えてみそにでもすべえか、といって植え続けてきた農家のおばあちゃんたちであったりしたわけである。売って換金してきたとは思えない。

 ひとは何かにこだわろうとするとその歴史、ルーツに関心が向くのは自然の成り行きである。ころころと変わりあとからあとから出てくる新品種、という状況に飽きが出てくると過去へさかのぼりたくなるのも自然の感情だろうと思う。
 そして「地域特産、むかしむかしから・・・、珍しい、うまい・・・」ときたら抜け目のない売り手はすぐに目をつける。

 在来種自体を存続させていこうとする動きはきわめていいことと私は思う。
 地域おこし、地域結束のきずな、遺伝子保存・・・。
 為政者、商人、一般市民からみたらいいことずくめである。

 問題は作る側に生じる負担である。
 反収はきわめてわるい。
 晩生のものが多くて畑にのっかっている時間がきわめて長い。
 手間がかかりすぎる。
 ほかのものを作ったときと同じレベルの収入とするためには大豆の価格は自然とかなりな高価格となる。
 それでも効率よく回転できるほかの何かの作物と比べたら魅力はまだまだ足りないかもしれない。
 つまり経済的要因以外の何かの衝動が必要かもしれない。

 そもそも大豆栽培は何かの作物の"ウラ"として栽培されていることもあり・・つまり根粒菌による土壌改良・・・収入は減っても輪作体系の中の栄養補給期間と考えるひともいるようである。
 こういった科学的な意味とは別に"なにかの使命感"にとりつかれてやっているひともいるかもしれない。

 とにかく大豆をつぶす側、食べる側のひとは食料問題・土地・農家のレベルからこういった問題について考えてみる必要があると思う。
 何か"販売戦略"だけのレベルに押し下げられて考えられているように思えてならない。
 
                                    U

2006.1.28
 アイデンティティの問題

 まず名前が異なっていても"もの"はおそらく同じものだろう、というのがたくさんあること。日本の大豆の品種数は5000程度あるが、実際には数分の一程度のものと思われる。
一番いい例がサトウイラズで、調べてみると"産地"は栄村でも津南でもなく"不明"という来歴になっている、これはあちらこちらで同じ(ような)ものが発見されていることからと思われるが、いっぽうひとりむすめとかみずくぐりといった名前は違っても実体はおそらく同じものなのではないかと思わせるものもある。たしかに外観の色の濃淡、味・甘みの強さ等には微妙な差がありなんともいいがたいのだが、ある地域のサトウイラズをほかへもっていったら同じ関東内でもすこーし違うということもあるので"微妙な差"というものの解釈はむつかしい。ゲノム解析が待たれる。
 これとは逆にぜんぜん別物の味・香りのようでいて実は同じものの異産地栽培という土壌や気候・栽培法の影響を受けやすい関東在来もまぎらわしい。
 在来種の整理によってかなりの品種がたいした数ではないグループ分けができるような気がするのだが・・・。その系統樹を作るのが自分のライフワークなのかなと思うのだが、研究所や大学では一部のもののゲノム解析もはじまっているようなので、こちとらは「味、甘み、香り、凝固特性」で分類しましょうか。
 続く

 在来種は町おこしや村おこしによく使われる。狭い地域内の"特産、宝物"という認識で門外不出にしたくなるのが一般である。

"固有性"の問題
 思索中です。
 大前提/日本の在来種のタネの大方はアメリカのコレクションに入っている

 在来種の定義/明治以降に試験場や種苗業者による意図的な交配によって生まれたのではない品種
 神様の品種改良/突然変異
 地域外への流出、研究材料・・・

 在来種はそもそも換金作物ではなかった/自家消費
                  V. 在来種の付加価値ではない本質価値

在来種の探求でもっとも大切なことは珍しいもの、おらが村の宝物、ずばぬけのうまいものを選び出すことではなくわれわれのあとに続く世代に○○○○○の鍵をわたすことである。(漢字5字)