単純であること複雑であること

2006.5.16

 大豆のアイデンティティを大事にしやうと思ったら混ぜたりしないで単品でいきたい。
 とにかくうまいもの、ときたら・・・。
 でもちょっと何かが足りないなー、テクニックだけではどうにも・・・、ときたら混ぜてみたくなる。
 また単品での性質Aと性質Bを足したら予想どうりの足し算になった、それ以下になった、何倍ものうまさになった・・・、というゲーム的な楽しさも日々の商売に"余裕"をもたらしてくれるいい遊びである。
 単品でいくか、混ぜるか ?
 どちらでもいいと思う。
 余裕があったらどちらもやったらいい。
 
 大豆にはいろんなタイプの味のものがある。
 甘いだけ。
 雑味豊かだが甘さはない。
 雑味も豊かで甘みも豊か。
 ねっとりクリーミーなもの、さっぱりさらりとしたもの。
 アセチルピロリンをもったもの。

 制限は何もない。
 しかしくれぐれも"凝固適性改善"などというとんちんかんなブレンドはやめよう。
 味がすべてである。
  弦楽器には弦が一本のものから始まって各音2本ずつの復弦で20本近く弦のあるものもある。音の種類が多いほうが豊かな音楽になるのか。
 独奏音楽よりオーケストラの方が豊かな音楽なのか。
 色の数が多いほうが、線の数が多いほうが豊かな絵になるのか。
 商品アイテムが多いのが豊かな"店質"といえるのか。
 私のやうにやたらと品種やブレンド組み合わせに狂っているのが豊かな商売になっているのか。
 ・・・・・。

 答えるまでもない。
 素材だけではだめである・・・といっても最後に威力のもとになるのはやはり素材だが。
 つくり方である。つくるひとの人間性そのものである。人間性が"わざ"となって表現される。