豆腐エッセイ2
消泡剤について思ふこと
2004.3.18
消泡剤の是非について論じるつもりはない。
消泡剤は豆腐製造の長い歴史の中で必然的に生まれ出てきた技術革新である。
大量生産以前からあった。
技術革新を要求された最大の理由は"泡消し"なのか"乳化"なのかははっきりしないところであるが、おそらく"泡消し"が主目的であったと思う。
乳化についての意識はそれに付随したものだと思う。
ところが、現実に製造している立場からすると意義の大きさは"泡消し"ではなく"乳化・抽出"のほうが大きいということがわかってくる。
地釜で炊いていた昔の職人たちが乳化について意識したことはほとんどなかったと思う・・・つまり消泡剤は使って当たり前のことであったため、使わない"遊び=冒険"などはまずしたことがないでしょうから。だいいち昔は密閉釜なんてなかった。あふれる泡の前には使わざるを得なかったということです。
現在は"無消泡剤"は一種のはやりです。"無添加思想"の一端と考えられます。
密閉釜はふつうのことだし、無消泡剤用に開発された"釜内部冷却水管ぐるぐるめぐり"方式も開発されています。
あふれる泡の心配はありません・・・でも高い釜など買わなくても材料費300円、日々のランニングコスト100円以内で無消泡剤煮沸なんて可能です。
それなのになぜみんな無消泡剤にしないのか・・・。
そして猫も杓子も無消泡剤の能書きが欲しいのか。
うまい豆腐を目指すものならばどうしても真剣に取り組まねばならない壁がこの消泡剤である。
無消泡剤の能書きだけが欲しい"程度の低い消費者団体"迎合業者にはこのへんのところは痛切に感じないでしょう。
無消泡剤でできた豆乳を""四角い(丸でも三角でもいいですが)"かたまりにすることはなんの困難もないですから。
豆腐職人の技術論から言えば消泡剤使用と無消泡剤はいつも言っているように両方きわめなければならない重要な課題です。
消泡剤使用技術は"豆腐の美しき像"すなわち豆腐を極めようとしているものに目標・方向性を示してくれる。
無消泡剤は煮沸と寄せ攪拌のデリケートな塩梅を教えてくれる。
両者の相互フィードバックによって両者はお互いを高めあっていく。
無消泡剤を宣伝文句にすると受けはいい。しかしこういったところの豆腐を食べてもほとんどの場合さほどの感動を得ないのはなぜだろうか。・・・それはうまさ・美しさの基準がつかめないでいるからである。
化学的なミクロレベルでの美しさという点では無消泡剤は消泡剤使用を追い越すことはあるいはイコールになることは不可能である。
乳化不完全というハンディキャップのもと少しでもその完成度に近づこうとする努力が無消泡剤の道である。
抽出度の高さから消泡剤使用のほうが深い味になる。ただこれをうまいと決め付けるのは早合点かもしれない。目隠しテストを何度やっても無消泡剤のほうがうまいと指摘する料理人のお客樣が私には複数います。
無消泡剤はやっかいである。
しかしその基本は消泡剤使用の中から学べます。
消泡剤使用は煮方・寄せ攪拌が簡単である。
しかしそれにデリカシーを与えてくれるのは無消泡剤から得られた多くの知見による。
高温で寄せる場合は消泡剤は必需である。それは無消泡剤では泡が出てこまるということばかりでなく、寄せの不安定さが増幅されるからである。
にがり豆腐に消泡剤は不可欠のものではない。
それは80℃近辺で寄せるなどということがほとんどないというのが常識であるからである。
(もちろん乳化剤などでコーティングしなくても80℃で海水にがりで寄せることは難しいとはいいながらも可能である)。
無消泡剤でもにがり豆腐には泡の問題などはまったく関係ない。
ただ乳化不完全と言うことで粘性やにがり(グルコンのとは違う)特有のつるり感を出すのはきわめてむつかしい。
ここをどこまで追いこめるかが無消泡剤の醍醐味である。
ただ欠点と思われる"構造の弱さ・もろさ"は見方を変えると長所でもあることは間違いない・・・ほろほろとした"くずれ感"である。