かむろ通信 2001.12.31 |
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| 2001年ももう終わり。いろんなことがあったし、またありましたね。 充実した年も充実していないと思っている年も見方を変えればみな等価値で、それなりの重みはもっているもの。こうしてこころの底に積み重なってきた一枚一枚の層の総体ががそのひとの文化・教養というものですが、個心的には今年は刺激の多かった年です。 インターネットはテキスト文書と画像の取りこみ程度でHTMLはかすかにといったところ。それでも自分の思いを少しでも世の人に分かってもらおうとひっしこいて書き綴ってきました。また書くことによってあらたに気づいたりすることもたくさんあって年甲斐も無く「わくわく」の多い年でした。 ただでさえ大手に押しつぶされて息たえだえの町の豆腐屋業界なのにここへ来ての長引くディプレッション。そんな中にあっても大豆に魅せられて嬉々として「豆腐製作三昧」の境涯にいる青年を発見したり、また「ひねていく」ことによって美味くなっていく豆があるということを教えられたり、また自然塩で豆乳を凝固してしまおうなどという青年がいたりで感心の連続でした。先入観はもちろんプラスにはたらくこともありますが決してとらわれてはならないということを改めて痛感し続けた一年でした。 素直に現実・事実を受け止めることが大切。豆腐作りは科学なのだと再認識しました、特に結果はひとつであっても過程に複数の回答のある即興性も要求されるたのしい遊びのような科学であるということを。 2002も経済状況は悪化の一途だと思いますが、みなさんの周りの「手仕事日本」を応援してくださいね、それと私たち食の手仕事は日本の農業の応援団であるということも分かってください。 |