巻頭言1 巻頭言3

かむろクラブ
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かむろ通信  2003.6.01
 貴乃花が引退し今日はその断髪式。
 公私ともどもいろいろあったが勝負の職人として世の中に向かって発したメッセージにはこころ打たれるものが多々あった。
 相撲道・・・「道、ひとの道」なのである。
 勝負、試合は語る。説明のことばはいらない。
 我々ものつくりもただ「ものを作っ」ただけではだめである。
 作ったものがひとに語りかけなければならない。
 能書き・コメントは不要である。
 食べてもらうことが対話することである。
 われわれも同じく「ひとの道」をかたらなければならない。
 
 
かむろ通信  2002.12.22
 熱と吐き気でまる一日寝込んだ。
 朝からなにも食べないでいると夕方頃になるとさすがいらいらしてきて寝られない。
 やたらとりんごを食べたくなる。
 りんごだけ。
 1個ぺろリ。何でもない。
 一時間後2個ぺろリ。何でもない。
 夕飯で2個食べる。
 やや食いすぎ感はあったが満足であった。
 自然に体が欲するもの・・・偉大なり。
 急性すい炎の時はトマトであった。トマトだけ。
かむろ通信  2002.12.14
 30人31脚というのをやっていた。だいぶ前からやっているような気のする番組だがおもしろかった。
 第1回の時、うちで豆腐を納めている自校給食の学校が3位だったこともあり毎回楽しみにしている。
 30人ということでクラスほとんどの子が参加で足の速い子遅い子ごっちゃ混ぜのチームプレイということで大変な競技だと思う。
 はっきり言って9秒前後のタイムということはそれよれも遅い子もいるわけで単なる「全力疾走」のスポーツ感覚ではすまない問題があるはずだ。
 感激の走りだ。
 これがこの競技を意識して4月のクラス編成をやったりするようになったらいやらしいですが。
 社会というものは「ごった煮」が基本。
 考えさせられることがいっぱいであった。
かむろ通信  2002.12.12
12月ひとけたの初雪の余韻がかすかに残る中PTAの忘年会。
きれいな夜空を眺めながらの帰り道。
ゆれる空気・・・シンチュレーション・・・の中に見知らぬ宇宙とたわむれていた子供のころを思い出す。
翌日・・・今日・・・風邪声。
ほほほ。
しばらくレンチャンとなるが先が思いやられる。
来年は大豆は高くなるのかな。
遊びが制限されるかな。
景気動向もどうなるのかな。
でも時間に追われているだけの仕事からはいいものは生まれないのだと思う。
もうからない中の無駄遣いと思われる冒険の中から「お宝体験」が生まれるのだろう。
でもなんとか上向きの経済になってほしいものですね。
 
かむろ通信  2002.11.25
 水戸黄門を見た。
 前にもちょいと書きましたがいままでの東野英治郎の影をひいていた黄門様と全然違っていて新鮮。
 8時45分のインロードクトリンは相変わらず健在である。
 インローは日本人のほっとする武器なのね。たとえは悪いかもしれないが宗教に近似できるかしら。
 由美かおるさんは相変わらず「おしんさん」の役で入浴シーンもばっちし。
 木の実ななさんとともに大した俳優さん、恐れいります。
 心地よいマンネリズム。
 めったにテレビはみないがほっとした一時間でした。
 
かむろ通信  2002.11.07
 今日は駒ヶ根の大沼さんのところにとんぼ帰りで行って来ました。
 いい天気でした。山梨に入ると甲斐駒、北岳、千丈、荒川三山が真っ白。八ヶ岳まで前衛の山を含めて雪化粧であった。北アも遠くで真っ白。諏訪の分岐から駒ヶ根に入り高速を降りると先ほどの南アの裏側が見え、なおかつ中央アルプスも真っ白。この時期ならではである。
 下も紅葉が始まったところ。かえで等は真っ盛り。
 お昼は例によって福寿美にてこの時期ならではの辛味大根そばとソースかつどん。うんめー、でした。えへへへ。
 収穫の時期である。
 大豆、そば等の袋が作業場では山積み。
 なんと若ーい女の子の研修生たちが30キロの袋をかついだり一所懸命。
 大沼さんは相変わらず眼がぎらぎらの青年の目をしていた。
 73町歩を耕しているという。
 ギンレイ、タチナガハ、ナカセンナリのとれたて・選別前のがじかにさわれた。わが国の大豆の権威で彼の師匠である御子柴先生のお話をされた。
 なんとタマホマレの話しも出てきた。来年度少しまいてくださいとお願い。
 長野はいまだもって日本の大豆研究の頂点であることは変わらずのようだ。
 御子柴先生のご著書を拝見する。
 またまた話しが長くなってしまい黒川渓谷はだめでした。天気も時期もいいのに。あーあ。
 
かむろ通信  2002.10.26&10.29
 教育テレビでメスナーが自分の子供+αを相手に登山教室をやっていた。NHKの映像のためにやったものかしら。彼は富士山にも2回登っているとのことだ。神山ということなのに1回目に登った時のゴミの多さにびっくりしたこと、2回目に登ったときのゴミひとつないきれいな山に変貌したことにびっくりしたこと・・インタビューに答えていた。
 彼は単独行・・・しかも高所の無酸素ボンベ・・・ばかりの人だが登山という「作業」の快楽・厳しさを体をとおして子供たちに教えていた。
 頂上に付いた時に我々凡人が感じる「達成感」というものの危険・不完全さについてとくとくと語っていた。出発点に安全に戻ってきたときが「達成」した時。
 職人だな。
 すぐに完成感をいだき有頂天に・・・凡人はここで失敗する、あるいはここで進歩が止まる。
 自分はまだまだ子供だなー(10.26)

 山形県庁の大豆に関わっている方がインタビューに来た、遠くからごくろうさまでした。
 趣旨は「豆腐業界からの大豆生産者への要望」みたいなものであったが味にこだわっているものからすると凝固特性等はどうでもいいことで、とにかくバランスのいいうまい味の大豆になつてほしいということだけです。技術が稚拙であったりライン生産の立場からいうとどうしても「たんぱく質の量云々」が優先ということになってしまうと思いますが、手作りの世界では寄せ作業は「手加減・さじ加減」で(ほぼ)どうにでもコントロールできるのでタンパクのパーセンテジなどはほとんどどうでもいいことだ。
 もうひとつ気になったことですが、契約栽培は別として、農家の方が自分たちの作った大豆がどういう人たちによって加工されているのかがわからないのが残念だということでした。ただこの点は間の問屋さんの努力によって改善はできるはずだと思う。
 農家、加工業者のお互いがコミュニケーションしながら・・・というのが理想であろう、そんなにむつかしいことではないと思う(10.29)。
かむろ通信  2002.10.17
 水戸黄門を観た。なんと助さんが黄門様に昇格しちゃった。
 でもいままでで一番威厳があるな。
 それぞれに味があって良かったが里見浩太郎はさすが時代劇だなと思った。
 テレビのJRのコマーシャルで「京都へ行こう」なんてえのをやると、いつもいいなあと思いつつもなんにもできないでしまう。10年も前だったら大型三脚かついで・・・といってもこのてはお寺さんからはいやがられたり持ち込み禁止されているのだが・・・日帰りで出かけたものだが。
 近くのもみじでがまんかな。
 湯葉槽がもうすぐできるのでゆばが安定して供給できます。
 値段も下げたいと思います。
 これも大豆遊びができそうでわくわくだ。
 
かむろ通信  2002.10.12
すっかり秋の陽気になってきた。
街路樹のハナミズキの葉っぱの赤が今年はなんとなくきれいになりそうな気配なのだが・・・。
戦争と平和の二冊目に入った・・・全部で4冊、岩波文庫600ページ平均。細部を楽しみながらゆっくりゆっくり読んでいる。
フレンチの三国清三さんの人生を語った番組のビデオを見た、三国さんはわたしと3日違いの誕生日。同い年かー。すばらしいひとだ。雄雄しい気品に満ちた人だ。たくましいなあ。
西麻布へ用事で出かけかえりに新宿へよりヨドバシカメラへ。・・・なんとカメラ売り場がどこかへ行ってしまった。店員に聞くと別ビルに。中へ入るとがっかりだった。だいぶ品揃えが縮小。備品はどこへ。・・・銀塩カメラの行く手は・・・でも絶対になくなりはしないよ。
 
かむろ通信  2002.8.28
 きのうは房総の館山を人生最後の棲家にと引っ越して行った吟先生に会いたくて11時ごろ出発と言う無茶な旅に出た。
旅というものをほとんどしなくなってしまいやたらとちっちゃなことに胸どきどきという感じであった、すなわち車窓の風景が木更津を過ぎたあたりから小さいながらもあとからあとから出てくる谷あいの金色の稲穂・休耕田・照葉樹林系の林や山・大きな広がりを持った田んぼ・・・といった具合にとても自分にとってはデラックスな様相を呈していたので、どきどきわくわくの連続であった。
 房総はほんとに縁のないところであった。
 イメージしていたのはながーい砂浜ばかりで、こんなに「プチ山国」という現実には全く思いいたらなかった。
 山というとどうしてもぶな系の落葉広葉樹林ということを、多くの登山者は美意識にとり込みがちなのだが、今回の照葉樹林系の森にはとても引きつけられた。神奈川の真鶴の原生林も同じような樹種なのだろうか、あそこも良かった。
 森を彷徨したい。
 海岸線を吟先生に運転していただきドライブしたが台風の影響もあり、波が高くしかしお天気は良く・・・ということでとてもいい風景であった。サーファーもいない。岩に砕ける波しぶきがいい感じ。ハワイの波はこんなに高いのかしらね。
 鴨川で食事し鈍行快速と乗り継いで寄る11時半帰宅、充実した12時間でした。
 
 この夏は35度前後がついにお盆にまで出る始末であった。ほんとーにまいったまいった。
 
 24時間テレビで22年ぶりのバレーボールモスクワオリンピック"再現"マッチをやっていた。政治的しがらみでモスクワオリンピック不参加ということから試合の成立しなかった当時世界最強の日本/ソ連選抜メンバーがいまや中年のおばさんとなって再び対決ということであった。
 彼女らは私と2、3年程度の年齢差ということで、また自分もバレー部(なんと9人制から始めた)だったのでとてもうれしくなってしまった。
 美人の三ツ屋さんしか覚えていませんでしたが、動きがすごいなあ。
 監督も大きな声で叱咤激励。
 いい企画です。

 きょうは台風の影響ということもあって軽い雨模様。すずしい・・・がやや蒸すかな。疲れがどどっとやってくる。
 
かむろ通信  2002.7.28
 きのうまでのむんむん空気の感じがやややわらぎ8月っぽい空気感となってきた。
 夏には弱くて、もおー仕事が一段落するとふぬけ状態になってしまいます・・・でも手荒れもないしラクはラクなのですが。
 富良野からもおいしいメロン・・・熟成進行の速すぎにより「市場価値がないとされてしまっている」キングメルティがじゃかすかやってくるようになりました。
 日持ちのする夕張系の赤と違って香り・うまみ・甘味がだんとつすぐれている・・・・香りがすごい。
 日持ちのするものにうまいもんなんかありゃしないのね。
 うちの家内はこのキングメルティのいっぱい詰まった物置のなかの匂いの記憶があり、あまり好きでないのかな。
 暑さが大嫌いといいつつもこの気候のダイナミックな変化が日本の良さですね。
かむろ通信  2002.7.10
 大豆めぐりと称して毎日大豆あそびをしていますが、大豆研究にはなりえないことを了解していただくことをお願いしなければなりません。
 大豆は一年(プラス、ひねることの研究として数ヶ月足す)通して毎日使いつづけ無い限りその大豆について云々するのはよくないことと思われます。
 ただこれも決して完全ではないとも言えます。年々の出来の良し悪し、品種は徐々に改良されている・・・等との条件によって完璧な「性格診断」なるものはありえないことです。
 長野のギンレイは毎日やっていますがそれ以外はきまぐれ。
 「たまに」の製作であってもそれはそれで価値ありと認めていいのかな・・・日付付きで。
 大豆研究でなく大豆めぐり・・旅・・・で良かった。
 小職人のたわごとと受け止めてください。
 ひとつの山の全容を知るために毎日、あらゆるルートの順列組み合わせから・・・という登山が不可能であるように、豆腐製作からみた大豆の姿も断片のつぎはぎでしかないですが、でも無意味ではないと思います・・自己満足。
かむろ通信  2002.7.03
 黒豆。大豆は大豆なのだがなんかちょいと違う味が遠くの方からしてくる。青豆は黄色いののまっすぐな延長線上にあるのに対してこちらは・・・。

 最初にトリカブトを食べた人。最初にくさやを食べた人。最初に納豆を食べた人・・・・・。

 動物たちは食中毒はまず起こさない。毒物も人間がしかけたものは別としてまず食べない。・・・・これらは親から知識として教わったことではないと思う。もともと野生に備わっている能力。生きていくのに必要なスタンダードを体が持っている。
 人類もそもそもはこういうものを持っていたにちがいない。
 体験を経ない知識の集積・・・野性を失っていくのが人類の歴史。ある意味で知識が増えれば増えるほど人間はバカになってきたとも言える・・・この議論はあちこちで聞かれる。

 新しい味があとからあとから出てくる中で伝統的なものに関わっているものたちは絶えず「迷い」の中にある、自分の職の姿勢をいかに保つべきかということで。
 固持することで身を滅ぼしてしまうこともある。スタンダードを維持し続けるということは大変なことだ。

 基準ということを世に知らしめることの大切さ。基準とは教養そのものである。野性の中にあって生きる基準となっていたものと同じである。
 基準を失った人々にその一端を伝えていくのが自分たちの使命だと思う・・・なかなか理解されないですがね。
かむろ通信  2002.7.01
 サッカーが終わってしまってなんか空虚さを感じているのは私だけではないのかな。
 きのうの試合はすごかった。対照的な国歌も両国のプレーを象徴していた。
 にわかサッカーファンでしたが、でも毎日楽しかったなあ。

 遊心のページが、なんとなく形が見えてきたような感じになってきたでしょうか。
 売り手が一方的に情報伝達するのでなく、売り手・消費者の相互交通の中から「豆腐」にまつわるいろいろな事実の確認・再確認がはかられれば幸甚です。

 売り手からの一方的な押しつけ情報・売り方の工夫といったものはともすると売り手の念頭から「買う人の幸せ」ということが消え去っている場合がほとんどです、どうしたら財布のひもをゆるめさせられるか・・・、ただそれだけになってしまいがちです。

 遊心はそういったものを拒否します。

 これからもいろいろな意見交換ができるものと期待します、どしどし掲示板に書き込みください。
かむろ通信  2002.6.18
 うーむ、サッカーが負けてしまった。
 でもよくがんばったよねー。ふだんサッカーはみないのですがとにかくおもしろいですね。
 4年に一回。待ち遠しいけどでも適度にじらすのがいいのかなあ。 おっとまだ、ベスト8が決まっていないのよね・・・。
 超濃い豆乳も海水にがりで寄せられるようになりました。寄せは、豆乳がいい状態のときばかりでなくある程度欠点のある煮方であっても"寄せられる"というのは科学的真実なので、いかなる状況でも攪拌の判断・見極めをする訓練になるものと思われます。
 
 慣れてしまわないこと・・・ここが頂点ということを思ってはいけないこと。・・・どんな職業・・・とくに専門的、ものつくりにかかわるものには共通のことなのかなと考えられます。
かむろ通信  2002.5.09
 なんと我が家のちっちゃなお茶畑でつくった無農薬放置栽培の狭山茶がご近所のお茶屋さんで製茶され真空パックされ帰ってきました。ブレンド花盛りで狭山茶といっても、純粋な狭山地方(所沢、狭山市、入間市)だけの茶葉で作られたpure狭山茶はちいさな農家が自家製茶しているところでしか得られません、この我が家のお茶は当分我が家のお宝です。そんなに切れのあるコンテスト向けレベルではありませんがグラム800円ぐらいの味は出ているぞ・・・いひひひ。

 ブレンドは私の主義から外れるのでやってはいませんがたまには遊んでみるのもおもしろいかな・・・大豆のはなし。
かむろ通信  2002.4.28
 きのう市P連をやっていた時の仲間と昼過ぎから横浜へ遊びに行ってきました。ゴールデンウィークのスタートとあって大方の車は都内から大分出払ってしまったらしく、少しばかりの渋滞はあったものの行きも帰りもすーいすーいのドライブでした。
 3度目の横浜ということでおのぼりさんであることには変わりがないのですが、横浜はいいなあ。心が落ち着くのは緑だけではないとつくづく感じました。静かな海・・・・水も心をなごませてくれる大きな働きをするみたいですね。
 
 みなとみらいの観覧車はこわかったです。私は高所&閉所恐怖症。
 関帝通りから横道へ入ったところのラーメンはうまかったなあ。この手の麺は好き好きかもしれないが自分には非常に良かった。
 古カメラ屋が「ライカで記念写真を」なんてわめいていましたが三脚にのっかっていたのはロシアのフェドというひょっとしたら「さわっただけでこわれてしまうこともある」というあぶなっかしいが愛嬌のあるカメラでした。
 赤レンガ倉庫・・・というのがオープンしたばかりでごったかえしていて中へは入らなかったがすてきな建物ですっかり気に入ってしまいました。

 カメラの題材にあふれている街ですね。今度は大型カメラを持っていこう。
かむろ通信  2002.4.4
 テレビで日本人より日本的な外国人、という番組をやっていた。  うーん、すごいなあ。
 
 備前焼き20年のアメリカ人・・・粘土を食べて品定めしたり、ししゃもを網でやいたり、登り窯も自分でつくっちゃうし、釉薬を使わない自然の造化の妙などというようにもっとも日本的なところを自然と突いてくるところなど「な、な、なんと・・・」といった感じ。伝統工芸展に入賞したりというのは陶芸家のプロとしての登竜門なのだがなんなく通過。作品もいいなあ。すげえなあ。

 びわにとりつかれて人間国宝のおばあちゃんに師事し、これまた日本人以上に日本的な青い目の大学教授。おばあちゃん先生のすんなりと弟子として受け入れた姿勢にも感服。「熱心やから」だそうです。

 木版画をやっている金沢の74歳のおじいちゃんもすごかった。日本を代表する木版画家だそうです。古都の、日本人にしか感じないと思える「粋」というものをしっかりとらえて青年そのものの仕事振り。

 「ものづくりの道」というのは言葉を介しないでも通じるところがあるのだろう。大江さんが言っていた「人生のハビット」・・・経験の積み重ねから身についてくる「何か」。手作業の繰り返しのなかから感じる「自然の妙味」みたいなもの。

 まだまだ修行の道は長い。 
かむろ通信  2002.3.12
 きょうは納豆用として有名な小粒の北海道大豆スズマルを豆腐にしてみた。
 以前委託製造の埼玉県の山岳部でとれた超小粒をつぶして非常にうまい豆腐ができたことがあったので今回もわくわくしながらつぶしてみる。

 煮方はふつうにやったがどろどろ感のある豆乳で15度は出ているものと思われる。

 海水にがりだと無理と思われるどろどろ感で攪拌時の対流の不規則性にはことのほか参ってしまったが50分放置で水槽にあけるとむらよりとは言えぴしーっとしまっていた。「甘い」。大袖振りとは傾向の違う奥深さをもっている。こういうのって言葉では表現しにくい。

 すばらしい豆腐用大豆である。

 水に漬ける前のあのちいさい粒の美しさには圧倒される。
 つぶしてもうまい。

 納豆屋さん専用というのはおかしい。                             
かむろ通信  2002.3.3
 おひな様。子供のころ妹たちのひなかざりを組んでお人形の刀をとって遊んだりしたのを思い出す。
 市内を流れる東川ぞいの桜のなかで小ぶりの早咲きのが2月の25日ぐらいからちらほらと咲いているのに気が着く、早いなあ。
 
 山へ行きたいなあ。

 奄美大島へ行きたいなあ。田中一村・・・。アダン。                               
かむろ通信  2002.2.16
 わたしのホームページは豆腐へのこだわりを叫んでいるというより、「手仕事日本」を応援してくださいということのお願いの記です。
 お正月に放送したNHKのかんなけずりの番組を見ていっそうあおられました。
 機械より精密な手仕事。
 手仕事のみが味付けできる、感性・色気そしてちょいとしたからくり・・・。
 機械にはまだまだ追い越せない、予測不可能性への即時対処・微細変化読み取り力。手仕事こそもっとも精密な作業をこなせる"ファジー機械"なのです。
 でも職人は芸術家ではない・・・自分を出すことを「がまんしなければならない」場面がたくさんあるのです。客を「びっくりさせてやろう」という気負いは捨てなければなりません。主役は職人ではありません、自然界の恵み・・豆や木や土や鉄や・・・です。
 思い上がりは禁物。                                
かむろ通信  2002.1.28
 今日は昼過ぎ7時間ぐらい、一年前にばらしたまま行き詰まって放置しておいたフランスの35mmカメラをひさびさにいじってみました。メモも何もとっていなかったのですべてが類推によって修理・調整ということになりましたが、じつに新鮮でした。シャッターはドイツのコンパーの変形で、こまかい部分の「曲がり・ゆがみ」一箇所と「かみ合わせ」不具合修正で直りましが経年変化でどうしようもない1秒から10分の一秒までのスロー化はそのままにしておきました。
 巻上げ機構が独特でひとかたまりのユニットになっており軍艦部やボトム部に無くへんなところにあったのでびっくりしました。
 最後の組直しもいかにもこの太い指では無理というところ瞬間接着剤の一時的手助け作戦をやったりしてなんとかなってしまいました。

 豆腐作りも未知の領域・諸問題があとからあとから出てきて楽しいばかりです。他人に聞かないで自分だけで推論していく快感は何にも換えがたいものがあります。行き着く頂上は同じでも、登山道を歩くよりは自分でルートファインディングして岩をよじったりやぶをこいだりして行き着いた・あるいは途中でリターンということであってもその充実感ははかりしれないものがあるでしょう。
 でもむだも多いしお金にはなりませんね・・・でもいいか。
                                
かむろ通信  2002.1&7
 NHK総合で「かんな削り日本一」を目指す人たちの映像を見、感動しました。7ミクロンから9ミクロンのうすーい削り出しを競争する勝負にかけるひとたちのレポートですが驚きのひとことです。かんな削りの技術は1000年も前に完成され尽くしており、あとはそれぞれの時代の職人がそれぞれにおのれの技を磨いて高みをめざしてきたということのはてしのない職人の営みの繰り返しで、世のコーディネータータイプの人間からすると「職人風情の単純作業洗練の思い上がり」とでも言われてしまう世界なのかもしれませんが、顕微鏡レベルの正確さを感覚的・経験的に掴み取って生み出すその美しさは科学の美しさと同じだなと感じました。また機械ではその精度が出せないということにもなんか「ほっとする」ものを感じました。
  
こういった技術はおそらく昔の方が高かったと思うのですが、くぎを一本も使わずに精緻な削り出しによる「組んで」構成されたおみこし、建築物等のたくさんあったというか、そういうふうに作るのが当たり前であった時代の、「ものつくりの人」たちの自身・誇りに満ちた生きかたがうらやましくてなりません。

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 5年前に「戦争と平和」全巻を40数年目の5回目のトライアルにて始めて読破してからというものまとまった「本」というものを読んだことがなく、読むのは山・写真・カメラ修理・陶芸といったハウツー本ばかりの、いやしい読書生活をしてきました。昨年末大切な友人の(私みたいなものは、そのはしくれにおかしていただいているといったほうがいいかな)建築家の武澤秀一先生がなんと新潮選書に『迷宮のインド紀行』というご本を上梓されました。2年くらい前日本料理『野呂』でやはり正月に悪友とともに先生のインド探索のスライドをねたに深夜までだべっていたのを思いだ゜します。軽くて中身の無い文章の氾濫する粗製濫造本洪水状態の中にあって、「ものを作る」人の鋭い眼力と博覧強記の知識・教養ですばらしい一冊となっています。いっけん眠ったくなりそうかなとおもいきや先生とふだん会話している時の茶目っ気などが顔をのぞかせたりして、むつかしそうだけどよーく読むとおもしろい内容となっております。ぜひご一読を。
 20-30年も前だと本屋の棚は選書コーナーで一区画上から下まで、新潮選書・朝日選書・角川選書・NHKブックス等でいっぱいだったものですが最近は「教養書」ばなれで極端にコーナーがせばまってしまっているのはなんとも残念でなりませんが。
                                

かむろ通信  2001.12.31
 2001年ももう終わり。いろんなことがあったし、またありましたね。
 充実した年も充実していないと思っている年も見方を変えればみな等価値で、それなりの重みはもっているもの。こうしてこころの底に積み重なってきた一枚一枚の層の総体ががそのひとの文化・教養というものですが、個心的には今年は刺激の多かった年です。
 インターネットはテキスト文書と画像の取りこみ程度でHTMLはかすかにといったところ。それでも自分の思いを少しでも世の人に分かってもらおうとひっしこいて書き綴ってきました。また書くことによってあらたに気づいたりすることもたくさんあって年甲斐も無く「わくわく」の多い年でした。
 ただでさえ大手に押しつぶされて息たえだえの町の豆腐屋業界なのにここへ来ての長引くディプレッション。そんな中にあっても大豆に魅せられて嬉々として「豆腐製作三昧」の境涯にいる青年を発見したり、また「ひねていく」ことによって美味くなっていく豆があるということを教えられたり、また自然塩で豆乳を凝固してしまおうなどという青年がいたりで感心の連続でした。先入観はもちろんプラスにはたらくこともありますが決してとらわれてはならないということを改めて痛感し続けた一年でした。
 素直に現実・事実を受け止めることが大切。豆腐作りは科学なのだと再認識しました、特に結果はひとつであっても過程に複数の回答のある即興性も要求されるたのしい遊びのような科学であるということを。
 2002も経済状況は悪化の一途だと思いますが、みなさんの周りの「手仕事日本」を応援してくださいね、それと私たち食の手仕事は日本の農業の応援団であるということも分かってください。