| スペイン在住のフルート奏者のDorothyからメール2001.1.28 |
Hello Takeshi,
Thank you for your mail. When I made
tofu
in Germany I used Nigar which I bought
in
a Chinese supermarket. I liked the
taste.
I didn't know about calcium sulphate.
But
this surely might be available in the
pharmacy. Somtimes
if I buy a packed Tofu here in Spain
or in
other European coutries and US, it
tastes
a little bit sourly. What do they add?
There
is a difference between the taste of
fresh
tofu and packed tofu. Unfortunately
on this
island it is not possible to get the
ingredients
I need, neither the soy beans nor
clean
unsweetened soy milk. All the soy milks
are sugared or with fruit or chockolate
as
the Spanish people like too much sweet
things.
So I am buying the packed bio - tofu
which
is quite all right but as I mentionned
before it is slightly sourly. So in
Japain,
is there(このthereは存在を表すthereではなく単に"そこ=日本"という意味、要するに直前のin
Japanとtautology同語反復になっている)
tofu-
maker a special profession? Do you
live on
making tofu? Somehow I miss Asia with
the
good food. I ate such good tofu in
Hong Kong
and in Malaysia. The Asian kitchen
is very
special, I appreciate it very much.
Greetings,
Dorothy.
<コメント>彼女は旅行で日本へ来たことはありますが生活をしたというレベルの日本とのつながりはありません。したがって豆腐の本場東アジアといっても香港・マレーシアの豆腐を食べたという程度の豆腐体験しかありません。ドイツで買ったにがりというのももおそらく硫酸カルシウムと思われます。そんな彼女ですら鋭い指摘をしているのにはおどろかされます。すなわちヨーロッパで買うパック豆腐は"sour"だというのです、正反対の味のにがり豆腐を知っているわけでもなく比較の対象として硫酸カルシウム豆腐しか知らないのに。"sour"の言外に「まずい」という気持ちを込めていることには全文お読みになれば前後関係から判断できるでしょう。ヨーロッパやアメリカに豆腐製造プラントは輸出されていますが「手造りのにがり豆腐技術」は輸出されていないのでしょう。「酸っぱい」とは酸性のグルコノデルタラクトンの性質です。食習慣は違っても極端な「刺激、におい」等を求める嗜好品的食べ物は別として、人類共通の「旨み」は「あま味」なのではないかと勝手に勘ぐっていますが、にがり100%豆腐のできたてを何もつけないで東アジア人以外に食べさせてみたいものです。
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| 5月6日 「生絞り法で家庭で豆腐づくり」のページを作ってみようと思います。大豆をふやかしつぶしてまず絞って豆乳をとりそれから煮るという方法です。煮てから絞るほうが豆のエキスがたくさん豆乳中に出てくると思うのですが(実際生絞り法はふつうのやりかたと比べてあっさり・さっぱりしていると言われています)エキスといっしょにあく・青臭さも取り出してしまうためこのようなやり方も少数だが続けられて(中国にもあります)いるのかなと思います、でも豆腐に青臭さ・野の香りがして何で悪いのでしょうかねとも思うのですが。いくつか食べたことはあるのですがスーパーで買った大量生産品のためにがり100%の表示も疑わしくその醍醐味は味わえなかったというか「おいしくなかった」という印象しかありません。ただ家庭でやるにはやりやすさもあるかなと思って少し研究してみようと思います。 |
| かむろ通信 2001.4.18 |
カリフォルニアからコンピューター技師のティム・カニンガム君がやって来ました。メールで突然「アメリカとヨーロッパで豆腐は買えますがおいしいと思ったことはありません、日本の豆腐はどんななの、にがりって何なの」ということだったので「よし!」ということでお迎えしました。有機大豆の種が欲しいということだったので、商業ベースには乗せられない完全無農薬の(一見)ぼろ大豆とにがりを分けてあげました。
日本語はまるでだめなのに西武池袋線にもすぐchangeでき、急行の止まらない秋津駅でも降りられしかも指示どおり埼玉県側の出口にきちんと出られ電話も市外局番を入れなかったところなど大したものでした。家に着くと即
making of nigari tofu の説明と実習(といってもどんぶりのなかで作る家庭で手作りの世界ですが)に。squeezeやwell(井戸)の単語が出てこなかったりで手取り足取りジェスチャーたっぷりで教えました。「甘くておいしい」といってくれました。
カリフォルニアに帰ってからはたして「濃い豆乳」がとれるかどうかが一番のポイントですが何とかやるでしょう。さかんにメモをとっていました。
帰りに久米川の「玉清」さんでそばを食べましたがなんとはしを上手に使っていました。おそばやさんの笹岡さんが英語がぺらぺらだったのにはおどろきでした、発音もとても良かったです。私がやまかけだったので山芋の説明で"itching"という単語をとっさに取り出せたところなどただの蕎麦屋さんではないなと思いました。
新宿で別れ彼はホテルへ、私はそのまま大阪へ年に2度の宴会へととっても忙しい一日でした。
また18日にはドイツから帰国中の日航の黒川さんが習いに来られ、ドイツで「日本の豆腐の味はこれだ!」とがんばってくれることと思います、よろしくね。
5月24日 お客様からの質問で多いのが、大量生産品の木綿と絹はなんで原材料の表示が同じなのに味がちがうんですかということです。 もめんもきぬも基本的には同じことでにがりと豆乳を混ぜて撹拌し凝固するところまでは同じです(もめんときぬで豆乳の濃さを使い分ける人がいるということはこのさい無視できます)。
そのあとそれをカットしてそのまま製品化するのがきぬ、くずして成型箱に入れて圧縮しカットするのがもめんということですが、根本的に味が変わるわけではありません。
味が違うというのは要するに凝固剤がちがうからです。すなわち表示が本当のことを書いていない、ただそれだけのことです。このことを確認するためにもぜひとも「家庭で手作り」に挑戦してください。寄せ豆腐ともめんの比較に置き換えられると思います。
所沢の西武百貨店7階の美術画廊で「西の会」の方たちの陶芸グループ展が開かれています(5/22〜5/28)。ご近所の方ぜひお立ちよりいただければ幸いに存じます。 |
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| かむろ通信 2001.5.29 |
お客様からの質問で多いのが、大量生産品の木綿と絹はなんで原材料の表示が同じなのに味がちがうんですかということです。 もめんもきぬも基本的には同じことでにがりと豆乳を混ぜて撹拌し凝固するところまでは同じです(もめんときぬで豆乳の濃さを使い分ける人がいるということはこのさい無視できます)。
そのあとそれをカットしてそのまま製品化するのがきぬ、くずして成型箱に入れて圧縮しカットするのがもめんということですが、根本的に味が変わるわけではありません。
味が違うというのは要するに凝固剤がちがうからです。すなわち表示が本当のことを書いていない、ただそれだけのことです。このことを確認するためにもぜひとも「家庭で手作り」に挑戦してください。寄せ豆腐ともめんの比較に置き換えられると思います。
大豆の自給率を5%に引き上げようという国の政策があるらしい。もっともっと増やしてください。他の農産物もです。輸入品におしまくられて苦しんでいる農家の姿がいたましい。農家を励ます(なんて言い方は僭越かな)ためにももっと日本の大豆を食べてもらいたいです、その品質・品位に合ったちゃんとした加工をして。
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| かむろ通信 2001.6.22 |
あるところから問い合わせがあり「江戸時代の豆腐はどんな形をしていたの、大きさは、かたさは」ということを聞かれました。父に戦前の豆腐について聞いてみると形は正方形で重さは今と同じ350グラム前後、すなわち100匁程度ということでした。わが国の第二次大戦前までは一般庶民の生活の基本は江戸時代をそのままひきずっていたものと考えてもおかしくないと思うのですがおそらく豆腐の姿形についてもそうなのではなかったのかと勝手に結論付けています。
スペイン領のカナリア諸島のフルーティストのドロテーア(ドイツ人)からピアノとのデュオ演奏のテープが送られてきました。BGM的ないかにも日本人に一般受けしそうな静かな音楽が主流の"relaxation"の音楽でした。私の友人が地域でサロンコンサートをやったりしているのでそのことにちょっと触れたメールを出したら「日本で招待してくれたらなあ」という手紙(カセットと一緒に送られてきた文字通りの手紙です)が来たりしてちょっと心配になってきました、私の友人のは地域ボランティアであってお金持ちの社会奉仕ではないのですから。
「かむろ」は仙台の亡き友との想い出の山「神室山」から来ていますがもうまもなく花いっぱいの季節になることでしょう。あのころは急行「八甲田」とか「はくつる(酒の名前ではありません)」とかの寝台急行・特急の元気な時代でしたが新幹線の時代には不要といつのまにかみんななくなってしまいました。緑の窓口のミスでにぎやかなどこかの高校の修学旅行の生徒の席に間違って予約されたりと電車だけての話題でもおもしろい想い出に事欠かないのですが、もうなんか出かける時間もとれないし気力も落ちてなんともなさけないばかりです。仙台の及川さんは下山するといつも山に向かってありがとうございましたと深深と頭を下げてお礼の気持ちをお山に向かって表していました、思い出すと目頭があつくなってきます。
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| かむろ通信 2001.9.06 |
今年は10月まで暑いでしょうとの長期予報がありましたが関東は8月の平均気温は例年以下、9月に入っても涼しくてすごし易さこの上なしです。暑くてもこの不況で売れないご時世ですから天候の悪さをうらやんだりすることもなく逆にしのぎやすい残暑よと喜んでいます。
インターネットの世界もますますにぎやかになって時間があればよそのページをながめて楽しんでいます。豆腐の世界でも新しい楽しいページが増えていますがひとつ気になるのが「にがりきぬ」の記事です。
某社の製作工程を記述したものですが、いわゆる充填豆腐と同じで、煮た豆乳を冷却してにがりと化学反応をおこさない温度で混ぜ・撹拌させ再度加熱して化学反応させるものです。
私のページの中でも述べていますように、与えられた豆乳量に対して必要なにがりの量の誤差許容量はきわめて限られています。しかも大豆は生き物で毎日同じ豆乳を作るということは困難です、特に畑のせまい日本の大豆では品質に開きがあります。私や埼玉屋さんがやっている「一発寄せ」は江戸時代から行われている素朴な方法ですが「豆乳ににがりを加えてゲル化していく状況を見ながら」加えるにがりの量・撹拌の強さや回数等を調整するものです。
最初からにがりを入れてしまうということはもうそのあとではにがりを引き算することはもちろんですが加えることもできません(化学反応上の意味から)。充填豆腐はまちの小商人の立ち入る世界ではありませんのでくわしいことは解りませんがこの方法はきわめて疑問です。この「擬似充填豆腐法」では豆乳の性質ムラに対応するためにはにがりを少なめに設定しグルコンや硫酸カルシウムを加えて調整するしかないと思います。食べて見たいものです。少し昔にはやっていた電子凝固といわれるものも豆乳に低温でにがりを入れてから電極に電気を流して凝固させるというものでしたが、展示会で食べたものはわれわれの「一発寄せ」とはあきらかに味がちがいました。
また最近ですがにがり豆腐の大量生産用として開発されたものに「乳化剤をコーティングしたにがりの粒子」というのがありますが、乳化剤とは消泡剤のことです。アイスクリームや口紅に入っている乳化剤です。「消泡剤不使用」を声高にうたうばかりでその意味を説明したページはほとんどありませんが、あわだらけの豆乳が作業のスピードをさまたげるなどということは大した問題ではありません、手作りならばちょいと時間をかけて取り除けばいいことです。もっと重要な意味があります。豆乳がムラ煮え要するによく煮えないということです。これはにがりとの化学反応で即症状があらわれます。きれーいにつるつるのすみからすみまで豆乳たちが化学反応した「ぬめり感」のたっぷりな豆腐にくらべ、消泡剤を使わないでふつうと同じプロセスで煮てにがりを投入すると「ぬめり感」の欠けたなんというかざらついた感じの豆腐になります。目で見ても肌にぶつぶつが出ているのがわかります。
ただ消泡剤は古典的に使われてきたもので江戸時代には明らかに使われていました(古くなった食用油と灰かなにかを混ぜていたのでしょうが)がそれも祖先の知恵であったと思います。アイスクリームや口紅の乳化剤にはなんのクレームもたてないのにそれらよりはるかにひとり当たりの消費量の少ない豆腐ばかりがなんでさわがれるのかわかりませんが。
消泡剤を使わないでしかもにがり100%は可能です。ただしとても時間がかかります。それにただでさえ柔らかいものがなお一層やわらかくなります(と同時にしなやかになります)。
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| かむろ通信 2001.9.27 |
18日に駒ヶ根に行ってきました、いい天気でした。
大沼さんは相変わらずきらきらした目で遠くを見てるような感じでいろいろと話をしてくれました。86町歩の畑をたがやしているということで驚きのほかはありません。
大豆は新開発の「ギンレイ種(エンレイとはなんら関係ないそうですが)」にすべて切り換えということで楽しみです、すでにもう今年から使っていますが。息吹農法という耕作法をやっているそうですが楽しそうに語っていました。
他の農家のだれよりもいち早く稲刈り・そばの収穫をやっていましたが、ぎりぎりまで実を付けて畑においてはいけないそうで収穫の独特のタイミングがあるということでした。
帰りに玄そば30キロと玄米30キロと放し飼いのにわとりの卵たくさんをいただき恐れ入ったばかりでした。そばは玉清さんにあげよう。
いつものとおり駒ヶ根の駅のそばの蕎麦屋の「ふくずみ(漢字を忘れた)」に寄りソースかつどんとやまかけ蕎麦を食べる。ははは、うまいのだよなあー。
宝剣岳と宮田渓谷はまた無理でした。朝6じごろ出ないと無理かな。
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| かむろ通信 2001.9.27 |
帯広へ行ってきました。前日富良野の家へ電話したら旭日岳の下の方まで雪が降ったとのことだったのでセーターをもっていったら現地はとても暑かったです。天気予報も2日間ともはずれなんとかぬれないで済みジンギスカンも無事成功裏にできました。
初日は宴会の前に小泉淳作先生の京都の建仁時に納められる双龍の図の製作現場に入ることができました。先生の眼光の鋭さには圧倒されるばかりで声もかけられませんでした。自分などいつもにこにこの甘ちゃんですがーものを作る人間にはふさわしくないのかしら、もっとも比較すること自体先生に失礼かな。
廃校になった体育館を利用しての作業ですが、先生の姿・絵を見たこどもたちの手紙やらが壁に貼ってありましたが感激しました。こういった本物との出会いが子供たちの心に深く刻みこまれのちのちまで人生の誇り・支えになるに違いありません。
お寺に収まった姿もぜひ拝見したいものです。
製作の過程がいずれ日曜美術館で放映されるとか言ってました。
夜は例によって愉快な例会。翌日も相原先生の美術館見学、ジンギスカンともりだくさんで充実した会でした。 |
| かむろ通信 2001.10.14 |
ここのところ毎日のようにいろんな試みをしているためロスは出るは仕事はおくれるはでみんなの機嫌がちょいとよろしくないようです。でも男はこういう遊びがないと生きていけないのだよなあ。
景気が悪くてひまなときこそ研究開発の絶好のチャンスだと思います、いそがしかったら注文に追われて「高みをめざす」努力(そろばん勘定は発達するでしょうが)なんぞするわけないのが世の常です。生活のためにする努力からいいものは生まれないとは必ずしもいえませんが、「遊心」からなせる行いのもつ創造的パワーははかりしれないものがあると思います。そして今度ノーベル賞をもらうことになった(名前忘れた)先生が言ってた言葉ですが、「一級のものを理解することが大事だ」ということを肝に銘じていこうと思っています。
帯広近郊中札内村の小泉淳作先生の双龍の図は龍が龍を描いているというか龍が小泉淳作先生をして描かせているというような感じで本物というもののもつ気迫・勢いの背後には人知を超えたものを感じます。
しがない商売をしていても何か豆の魂みたいなものに突き動かされている自分というものを意識したことはありませんが、豆が自分に快楽を与えてくれていることは確かで、景気の悪さとは裏腹にまだまだやめられないなと思います。
空気のきれいな木と花と水にあふれた山の中で仕事をしたいのです。
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| かむろ通信 2001.10.26 |
テレビのグルメ番組(関口宏の出ているやつ)で韓国の竹塩というのをやっていた。塩田で取れた塩を竹筒に詰め込んで釜に竹筒をびっしりと入れ焼き上げ竹のエキスと塩の混じったものを作り、この作業を8回繰り返して出来上がったものを最終的に1400度の釜で焼き上げどろどろになったものが出てくるというものです。
出てきたものは赤いというかエメラルドのような結晶のかたまりでびっくり。1400度というと陶芸の1200度より高い温度でとんでもない熱の世界です。にがりはマグネシウムがメイン成分ですが、マグネシウムは良く燃えるので完全になくなってしまっているのでしょうね。甘味はないのかもしれませんがただしょっぱいというのではない奥行きのある味に違いありません。食べてみたいですね。
味の世界ははかり知れないほどの広がりをもったものでおもしろいことこの上なし。争いのない、せいぜい口争いだけの、世界になってほしいのですが、争うのが人類のさがなんでしょうか。
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| かむろ通信 2001.11.14 |
きのうは楽しいグループとの、伊豆の真鶴の中川一政美術館への日帰り旅行をしました。小林和作さんとの合同展ということでお二人のいい作品がたくさんありました。
海と山がいっしょになった地の利で途中の植生には圧倒されました。葉っぱの落ちるぶな林ばかりが自分の「好みの山」の価値判断の基準になっていましたが、名前の知らない常緑樹の中をドライブするのは何とも言えない快楽でした。ぜひ歩いてみたいものです。伊豆の山などというと一般には標高の低さ・植生からばかにされがちなのですがあの原生林の巨木の急斜面を見たら今までの無知が恥ずかしく思われました。
お昼にいただいたあじのたたき茶漬けが何とも美味でした。
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| かむろ通信 2001.12.04 |
忙しいというよりひまだけどといったほうが適切かも知れないが、なかなかページの更新に手をつけられないときがあります。また逆に忙しいのにというか忙しいからといったほうがいいかも知れませんが「勢いがあって」"余計と思われる"ことでもどんどんやってしまうときというのがあります。
ここひとつきというものほとんど更新しませんでしたがひさびさに数ページ更新しました。文章がへたなので読みづらいところが多々あるかと思いますがお許しください。
おとといドイツの中級カメラのレンズシャッター・距離計を3台直したのをいいことにきのう2台いじったらほぼ修理不能にしてしまいました。でも「いらいら」はなくなんかすかっとしています、なんだいこりゃ。久しぶりだからかな・・・。
琵琶湖周辺の大鶴大豆をけさつぶしてみましたが大した感動はありませんでした。かわいた大豆はてかてかとした「てかり」があり、ふやけたあとも形はどくとくできれいなスタイル、おそらく煮豆かなんかのほうがいい大豆のように思われます。味の気品・奥ゆかしさは物足りなくまの抜けた感じでしたが作り方にもう一工夫かな。
とにかくスタイル・てかりのいい大豆なのですよ。 |
| かむろ通信 2001.12.13 |
ひょんなことから海水(そのもの)から豆腐を作ってみたくなりいろいろ試しています。
塩分3.3%、にがりはどのくらい入っているのでしょうね。しょっぱいといっても豆乳に混ぜても究極海水のしょっぱさに近づくということだけなので味見はつらくはないはず。
人類がはじめて海のものから豆腐を作り始めたきっかけは海水そのものからだったような気がします。そして少しのしょっぱさを取り除くためにもめんの製法を思いつき、水にさらして塩抜きすることを覚え、さらには海水そのものからではなく海水のなかの塩以外のなんらかの成分が凝固に関係あると見当をつけ「にがり」というものを利用するにいたったのではないのか?????
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