タマホマレ
2001.
10月4日.葛飾の埼玉屋さんのお世話により広島のリョーコク商事様より30キロが5袋とどく。豆腐用に使う人は(関東では)ほとんどないらしく取り扱う問屋さんもまずないようで現在出入りしている問屋さんは「タマホマレ」については何も知らないようでした。出来がやわらかくなりすぎて敬遠されるということで、ましてやにがりきぬとなると柔らかいのは宿命なのでますますきらわれるというところでしょう。
大沼さんとこの大豆がメインなのでそれ以外はたまにということになりますが、技術は毎日同じ・似たようなものばかりと取り組んでいても進歩がないのでいろいろなものにアタックしてみたいのです。
明日早速第一チャレンジしてみます。
10月5日.島根県のタマホマレです。成分分析のデータ、前評判から非常にたんぱく質が低いということで加水を少なくしかつ煮る時間を長くし極力豆乳を濃く取るようにする。当然熟煮は手がやける。熟煮には2通りあり、おからに分離する前の状態を良く煮るのと豆乳にしてしまってから煮なおすという方法です。
面倒がないのが後者で今日はそれにする、ただしこの方法は甘味は出るが温度コントロールにかかわらず煮れば煮るほどふにゃふにゃになっていくという欠点があるため「味の検証」という意味で豆腐のできふできは無視。またこの煮方は大豆のおからや皮と豆乳の分離を早い段階でやってしまうため味はさっぱり気味というか深みには欠けます。
出来た豆乳は格別甘味があるというわけでもなくまあふだん使っているギンレイとおなじかなといったところ。にがりと反応するとどういう味になるのかな。
1.海水にがり/堅さはギンレイと同じでしなやかさ(弾力・粘り)は十分にあります。寄っていく時の対流も安定していてつるつるにできました。問題の甘味だがギンレイとほとんど同じような感じであった。したがって格別甘さの強調された大豆にも思えなかったが、データの上では糖質が高いのでこりゃなんだいと思った。埼玉屋さんのようなネちょっとした濃厚な甘味は感じられませんでした、15年以上前の池袋西武のアサヒの寄せ豆腐がこのような味でした(にがりきぬはありませんでしたが)。煮方かな?
2.赤穂の塩田にがり/こちらのほうがにがりに水分が入ってない(といっても化学式ではxxx・xH2Oといった具合になっているのでしょうが)ので豆乳の濃度を薄めることなくまた温度も高めで寄せられるので、しまっているやや固めの甘味の強い豆腐になるはずであった、がしかし出来はなんというか1.の時より少し濃厚といった程度で格別甘味が強調された感じはしないです。甘味がないので「薄い」のかというとそうではなくクリーム感覚の非常に濃い豆乳ではあるのですが。しなやかさは1.の方があります。
3.塩化マグネシウム99%/吉川の高度精製にがりで寄せる。これは当然1.や2.より味の奥行きに欠けるのはやる前からわかっているがいちおうやってみる。深みには欠けるが大豆本来の味を調べるにはこれが一番で、大豆の味をストレートに出します。
結果はやはり「普通」であった。
以上総合すると、データにあるように格別甘味の強調された大豆ではなくかといってフクユタカのように簡単に寄せられるというのでもない、私が通常使っているギンレイと同類であるようです。ひきしまりすぎない、しなやかで触感のいい大豆です。
10月6日.きょうは豆乳でなく「つぶした大豆=生ご」を熟煮する。豆乳はきのうより深い奥行きのある味になりました。これを考えると生絞り法というのはなんか欠点だけの製法に見えてくるようだが・・・、ただし濃厚・深い味というのは見方によってはあきやすいものということもありますが。
1.海水にがり/あきらかにきのうより濃厚でした。ただし埼玉屋さんの味とは異なっています。別の方向へ濃厚さが進んでいるようです。しなやかです。このしなやかさは生食いの時はもちろんですが、湯豆腐のときの財産で口の中でほろほろと崩れていく何にも変えがたい感触なのです。ひきしまりすぎのフクユタカ等では出せないでしょう。「柔らかい本性」をもった大豆の「売り」の特性です。
2.塩田にがり/やや失敗で温度低すぎのためまた撹拌がやさしすぎたので未凝固気味でした、当然のことながら味は非常にいいのですが基本的には1.と同じです。
以上「甘味」についてはそこそこ追い詰めた感はあるのですが埼玉屋さんのあの「甘さの質」とは同じになりませんでした。また大豆に対する問屋さん等の前評判の「やわらかすぎる」というのもなんというか、濃く搾ればいいことで要するに作り方を選べばどうにもなることです。大豆の声を良く聞いて、作る人が適切な方法を考えてやればいいことです。,値段がきわめて安いのにもかかわらず、いい大豆です。製作方法で埼玉屋さんと私はベクトルが別方向に向かっているのでしょうか。あしたもやります、探求はまだまだ続く。
10月7日.きょうは忙しすぎてやりませんでした。
10月8日.きょうもじっくり煮に励みました。きれいにつるつるに寄せました。濃ければ濃いほど煮れば煮るほど甘くなるというのは正しくないことをここ数日の実験で確認しました。通常こんなに濃く搾って豆腐作りをしてきたわけではないので初めて気が付いたことです。豆乳は薄いほうがおからとの分離のとき非常に効率よく豆のエキスを豆乳に搾り出すというのは経験的にもまた先達からの知恵として業界では常識になっています。事実加水を極力少なくして非常に濃く絞る時おからはさらさらでなくべたべたしており栄養分がおからのほうに逃げていくのがわかります。にがりでもめんだけ作っていた昔は、うすい豆乳でおぼろ状に寄せ(これが本当のおぼろ豆腐でいわゆる濃い豆乳の一発寄せによるものはおぼろ状ではなくぴしっとひきしまったひとつのかたまりになる)このおぼろ状のふわふわを型箱に集め圧縮したものです、ですから豆乳は薄くてもできあがりの豆腐は薄いわけではなくちゃんと味のつまった豆腐です。
ある程度の濃さを越すと甘さではなくクリーム感が強くなる一方甘味は一定になるように思われます。そもそも大豆自体甘いといっても砂糖のように甘いわけではありません、にがりとの反応によってその中に残存している塩分によって強調されるわけです。
これも古典的な知恵として業界では常識となっていますが、甘味を強調する手法として、塩を加えるという手法があります。私はどちらかというと料理人として自分の仕事を考えてはいないので「最高にうまいものを求めてあらゆる手を尽くす」ということはしないタイプで「与えられたもの=大豆」の声を良く聞きその特性を最大限引き出してやることを信条にしています。自分オリジナルのとか自分らしさとかいうことは絶対に出そうとはしたくありません。ですから異なった品種の大豆をまぜたり、新豆・ひね豆をまぜたりは絶対にしません。日本の大豆は夏の暑さでもそんなに品質が劣化するわけではないので多少の変質はむしろ四季を味わうというように自分なりにとらえています。主役はお豆さんです。自分は無です。
というわけでいつまでたってもあのねちょっとした甘味にするのは大豆と通常のにがりだけではそもそも無理なのではないかと思います。ここまで気が付いたので実行はあしたにします。
10月9日.やったことのない世界なのでやまかんでやる。豆乳10リットルに自然塩10グラムと15グラムの2とおりをやる。
両方ともあきらかに甘さが強調されましたがそんなに強くは出てないようです。ちょいと甘いかなといったところです。
明日はもうちょいと多く入れてみましょう。
10月10日.朝からずーっと大振りの雨。10月10日の雨、法律を変えたりするからだ。閑だったけどいそがしかったのできょうはやりませんでした。
10月11日.今日は取材のためばたばたしていて落ち着いてできませんでした。ただシェイクスピアの「まちがいの喜劇」ではないんですが、タマホマレの生絞りの豆乳とギンレイの普通煮法の豆乳を間違えて混ぜてしまいこりゃしまったと思ったのですが(ひとに見られながら作業しているとこういうことになる)、まあしょうがないかととにかく寄せてみました。おどろくなかれいままでの実験のタマホマレよりかなりひきしまり甘くなっていました。ねちょっとした甘さです。もちろん、塩ひとつまみ、はありません、海水にがりそれだけです。うーむ。異なったものを足すと出来上がりは中間になるというのが常識的な推論なのですが(1+1)÷2=2になってしまったのです。ただし厳密なことを言うと加水・搾り等要するに濃度がいままでと同じになっていたかどうかはさだかでありません。こういうときに限ってデータがはっきりとしていないのです。終わり良ければすべて良しなのかしら。自分はそういうのがだめなんですが。
10月12日.いい天気になった。年のせいか天気が体調・頭の調子に影響する。今日はきのうの取材中にひらめいた二段階煮たき特別編を試みる、公開はできません。前より時間的手間は大分楽になっています。圧力もかけちゃいます。100℃も越えます。ということでたんぱく質破壊の恐怖と闘いながらのお豆腐製作でしたが大成功でした。海水にがりでこんなに堅くなおかつつるつるにぴーんとできたのは初めてでした。ただしいつものくにゃっとしたところは犠牲になっています。どちらを取るかといったらやはり「やわらかくにゃっ」の方が自然だしおいしいかな。
塩の実験もしてみた。10リットルに30グラムと10リットルに20グラム。前者はあきらかに「しょっぱい、けど甘い」、廃棄。後者はなんとなく塩味を感じるが鈍感な人にはただ甘いということかもしれない。したがって入れるとしたら答えは15グラムから20グラムの間でしょう。塩を入れると甘味が強くはなりますが単純化された甘味といった感じです。あんこに入れる塩と同じだと思います。
以上で塩を使う実験はやめますが自分の豆腐には入れません。入れないほうがクリーミー感がきわだつように感じられます。
さて昨日の実験でまちがって異なったものをまぜたら甘味がそれぞれよりも強くなったということでブレンドするのもおもしろそうである。ただし組み合わせが無数(でもないかな、しかし混合比率まで考えるとやはり無数か?)なのできりがなさそうです、でもわくわく。時々の遊びとしてとっておいてたまにご紹介しましょう。基本的には「混ぜない主義」です。
あら宅急便屋さんです、埼玉屋さんから大豆がおくられてきたようです。なるほど。あさって試させていただきます、ありがとうございます。明日は委託製造の埼玉県産完全無農薬大豆(品種不明)と、安曇野のナカセンナリを20年ぶりにやってみます。
2002
11.05 一年ぶりかな。葛飾の新井さんがきのう置いていったのをさっそくつぶす。
胸がどっきらこんのわーくわく。
ていねいにゆっくり、しかも102度ぐらいで止める。
お祭りの疲れで釜は開けないで軽ーく圧力かける。
14度・・・やっとこさ15度かな。さらさらしているので15度には達していないかも。
うわーっ。これは甘いわ!!!
レギュラーの今日のギンレイも非常に甘かったのであるが甘さの性質が違う方向に行っている。極めて豊かな旨みを持っている、ねちょ甘体質である。
それでは去年のは一体なんだったのだい。あれはなんの味もしなかったといっていい。煮方はあらゆる(あらゆる、といういい方は思い上がりかな?)方向から攻めたのだが・・・。ほとんどオオツルレベル、・・・やや甘味があったかなという程度であった。
きょうのは驚きであった。
北海道・東北・中部山岳でない滋賀県というどちらかというとあたたかい地方で・・・と言っても雪は関東よりは降りますが・・・なんでこんなに甘い・旨い大豆がとれてしまうのかしら。
凝固特性は極めて安定している。消泡剤などまったくなくてもなんでこんなに安定しているの? なんで葛飾の新井さんしかこの大豆を使っていないのかしら。
脅威の大豆である。
自分は、「ざる豆腐」はやらない、と言うようにひとの猿真似は絶対にしたくないのでこの大豆を看板にすることは・・・と言っても自分の製作姿勢自体、「・・・大豆」を表看板にした商売はしていませんが・・・基本的にいつも同じ部分と、遊びとしてあらゆるおいしさのバリエーションを求める部分を平行してやっていきたいというのが土台にあるのですがこの大豆は使いたーい!!!
タマホマレは葛飾の新井さんのお手柄だと思います。
でもときどき使わせてくださいな。
それにしても去年のは何だったのだい。
11.14 今日のはほんとに新井さんに申し訳ない。
前回のがやや薄いかなと思ったのでかすかに加水を減らしててていねいに煮てやる。
うまい豆乳。
2回に分けて寄せる。
1回目。ものすごい豆乳の力。まったく安定した対流。攪拌が弱いかなと感じたがそのまま行く。放置・・・。うわーっ。どろっ、である。こりゃだめだ。ごめんなさい。にがりは2割増しなのだが。
2回目。にがりをさらに増やす。温度高め。攪拌やや強く。・・・・今度はいい。
水槽にあけるとやや柔らかい。攪拌がまずかったかな、若干もろさが感じられる。粘性やや減。まずまず食べられはするだろう。味自体は11月5日よりは豊かな味である。
うまい大豆だ。
11.15 きょうのは昨日までのと農協は同じで等級がひとつ下の二等級。
紫斑はほとんどない。皮の一部が茶色に変色したのがまばらに混じっている感じ。
まったく同じようだ。
きのうより濃いかな。
にがりはナカセンナリやギンレイの3-4割増だろう。
温度高め。
ばっちりであったがちょいとオーバー気味の寄り。
こういうのは時間がたつほど急速に濃厚になっていくのだがあまり感心しない。
保水がいいということは水分が多いということで一見「薄い」と感じるが実はこのへたに寄せた時に抜けていく水分の中に「うまみ」があるのだ。
きょうのはたしかに異様に「甘い」。がなんか旨みに気品がない。しこい感じがする。
いずれにしても等級には全く関係ないかな。
11.17 今日のはきのうよりやや薄いようだ。にがりはやや減らす。対流は相変わらず超安定傾向。温度やや高めに攪拌やや柔らかくしてやる。
くねくねは計算通りやや減らしてピーんとした張りを出してやる・・・思い通りそのようになる。
きのうより柔らかいのでこのくらいでいいだろう。
やはり旨い。
トヨムスメの選外(等級外)を買ったときは新豆いきいきの時は非常にゆたかな味だったのにちょっと暑いところに放置しておいたら急速に劣化してしまいオオツルレベルの無味になってしまったのには驚いたものだったが11月のこの時期にこんなに濃厚な味でいられるこの大豆の力には驚かされる。
といっても一部のナカセンナリと同様ひねることによって熟成していくタイプだとも言われているのでじっくりと付き合ってみなければならないだろう。
ひねるといっても夏の炎天下に放置しておくのは「冷蔵保存してひねらす」こととは全く意味が違うかな。
11.22 釜を密閉してしまうので厳密な炊き具合はチェックできないのだがだいたいやまかんで合っている。が、きょうのはやや青かったかな。・・・でも見かたによっては「豆のいい香り」ということになるのでなんとも言えない。熱に弱い大豆なので無消泡剤と言えどもどうしても加熱の管理に神経を使う。
そもそも無消泡剤はこの「かすかな青さ」が売りでもある。消泡剤使用のような完全煮の味にはならない・・・実際には熟煮にいたっているのだが。
にがりの添加量から「青さ」とは裏腹に豆の力の強さを改めて痛感。たいしたお豆さんだことよ。ただ甘いだけではない静かな気品をもっている。女優にたとえると・・・止めよう。
この気品を保つためにはナカセンナリのときと同じく「ねちょ甘い」体質を前面に出しすぎないほうがよい・・・自分だけの解釈?
主張しすぎない、それでいて力強い・・・ほほほ、人生・職業と同じく「道」だ。
11.23 タマホマレの前にギンレイ改めナカセンナリをやりなんとその煮方が完璧近しという感じで非常に良かった。
にがりとの反応もこのタマホマレなみに力の強い超安定対流となる。
結構こういう対流は不安になるもので「やっこすぎるかなー、どろんどろん」かなーという感じなのだが少しおくときちんと寄っている。
両者非常に良かった。
きょうは全般的に良く煮えた。ひまだといいものができる、あははは。
11.27 ここずーっと毎日やっているので更新もしてきませんでした。
大豆の豆腐加工に向き・不向きの判断の基準がどこにあるかということを考えてみるとタンパクの少なさなどはまったく関係ないことがわかる。
もっとも「薄い豆乳でできるだけたくさん」作ろうという姿勢の企業にはこれは通じないが。
超低タンパク、しかもにがりでこんなにしっかりできることを考えると豆腐用か否かの基準はあきらかに豆の「味」にあることを再確認する。
うまみこそ命である。粘性、クリーミー感、ある程度の固さ・・・すべて煮方と寄せで解決できる問題である。
そして何よりも大切なことは「少ない原料・時間で可能な限りたくさんつくろう」としないことである。ていねいにていねいに・・・。
12.02 ここ毎日使っている。おとといだったかな、前前日の残りの大豆で冷蔵庫にしまっておいたのをつぶしたのだがなんというかまったく甘くなかった。同じ袋のものですぐにつぶしたものは甘く添え味豊かなタマホマレの良さが出ていたのに・・・。
なんたることよとびっくりしたのだがここで新井氏の「漬け時間・・・」のことばを思い出す。なあるほど。なんたる大豆よ。
じゃじゃ馬とは良く言ったものだ。夏目雅子にたとえたのはまちがいだったか・・・。
煮沸温度、煮沸加減、浸漬時間・・・すでに豆乳をつくる段階でcompletly
different.
うまい豆乳をひねりだすこと自体が大変なのね。
寄せはきわめて安定している・・・豆乳がまずいときもこの点は同じ・・・ので比較的安穏である。触感の良さ・クリーミー感・くねくねも比較的簡単に出せる。
味を出すのが一苦労なのだ。
へた煮のタマホマレは実にまずい。
こんなに落差が簡単に出てしまう大豆もそうはないのでは・・・そうだ納豆用のコスズが豆乳を作るのがむつかしかった。
むつかしければむつかしいほどおもしろいしかわゆくなるものだ。
新井氏も変わり者よ、と同時に彼の快楽が伝染したようだ。
滋賀県産でありながら京都で使われていないのは当たり前だな。
湯豆腐では触感しか出ないしな。
12.05 最初に作ったのがいちばん良くてそのあとややスランプであったが今日のは煮方がばっちしであった。温度コントロールがもろに味に影響する、「とんでもうまい」と「なんの味もしない・・・というよりそれ以下の無味・いやみな無味」の差。ばかと天才は紙一重と似ている。
煮方のこつがなんとなくつかめた、といっても回数を重ねないと確かなことはいえない。
ほんとにデリケートな大豆である。
ライン生産には最も不向きな大豆かも知れない。
新井さんが「じゃじゃ馬」といっているが、自分流に言わせてもらうと華奢な体躯だがうちに秘めた知性と教養・気品がメガトン級のスーパー美人とでもいおうか。
やはりこれは、早逝した頭が良くて気の良くまわる夏目雅子さんにたとえるのがいいのかな。
デリケート、デリケート、デリケート・・・。
うまい。
12.18 この大豆は加工技術のなかの半分のウェイトを煮ることがしめているかもしれない。
何日かこの大豆を使っていなかったので却って適度に緊張して煮たので良く煮えた。
きょうのはかなり濃い。
豆乳を飲んでみてややくどさを感じる・・・でもうまいのよ。
当然のことながら豆乳の力は強力そのもの。
寄せはかなり楽である。
よく出来た。
12.19 きのうも書いたようにレギュラーでないものは毎日やらない方がよい・・・毎日やらないものはレギュラーとは言わないか?・・・ということで、なんというかある程度の初対面の緊張があったほうがいいような気がする。
その緊張を意識しているといいものができる。
今日のもよかった。
2003
1.12 年末からずーっと調子の悪かった絞り機。16年目。回転ドラム式の2台目。
結局ローラー全部取り替える、その前にモーターも2つ換えているのでほとんどオーバーホール。・・・・・よく働くわ。
絞り機は最も過酷な仕事をさせられる機械。
あと何年使えるかな。
たまちゃんを久しぶりにやる。この豆は煮方に神経を使うので勘違いをおこさないように適度な感覚をあけてやらねばならない・・・ほんとうは毎日作ればいいのだが。
一回目、あの漬けすぎのときの味1歩手前になってしまった。でも甘いし青くはない。若干「変な味」になる。まずくはない。
二回目先ほどより煮方をゆるめる。・・・・今度はいい。
やはりこの豆の旨みは独特である。
1.17 ここのところずーっと感じていることだがタマホマレは若干抜けたほうがいい味がするような気がする。といっても技術的に未熟であることの現われかも知れない。
一般的には自分の感覚では寄せ豆腐はざる豆腐やきぬよりもうまいような気がする。自分のやり方が味抜けをほとんどさせないという方法論の上にたっているからなのだがその根底には豆の「えぐみ・青さ」も味の構成要因として重要な役割を持っているからだと言う考えの上に立っている。
寄せ豆腐の方が一見薄いように感じる。しかしそれはあくまでも「一見」なのである。抜けが全くと言っていいほどないので「甘味」が他の諸要素の存在によって減じられているように感じられるからである。実は味がいっぱいなのである。どうしても「うまみ」は「あまみだけ」と錯覚されがちである。
ざる豆腐はある程度の味抜けをさせて「旨みを強調させてやる」という一種のトリック=演出なのだが豆の品種によってはこうしたほうがいいのかも知れない。
「味抜け」ということは顕微鏡的にみると豆腐の組織を荒らしてやることである。といってもその「荒れ」の程度は舌に感じない程度のものからざらざらのものまでさまざまであるが。
きめがこまかい=つるつる、簡単にいうとこれが「味抜けなし」の状態を意味しているのだが場合によっては作為的にかすかに荒らしてやるのも「おとなの技術」なのかもしれない。
1.19なんとなく味に疑問をもちながらどうしたものかと思案し、毎日条件を微妙に変化させながら試行錯誤しているのだがなんか突破口は開けてくれない。
こういうときは発想の転換が必要で「微妙に」変えるのでなくいっそのこと「正反対」のことをやってみるのもいい、と考えるのが自分の生き方なので・・・・ということでたまちゃんは熱に弱いということからていねいにていねいに100度を越えないように、それでいて青くならないようにと気をつけて煮てきた・・・今日は正反対とまではいかないがかなりおおざっぱに煮る。
釜のふたはあけない。攪拌もしない。消泡剤をかすかに入れてやる。圧力もたっぷりとまではいかないがそこそこかけてやる。温度もx-y度まであげる。
煮方としてはもっとも程度の低いいい加減な煮方である。
非常に濃い。
煮すぎかな。
やはり想定量の半分ぐらいで絞りがきつくなってしまった。
絞れない。
高い豆乳だ。たったこれっぽっちしか取れないの?
ま、とにかく寄せてみる。
粘性たっぷりのどろんどろんである。温度が高ければ若干さらさらはしているが。
にがりが散らない。分散しない。
こうなると攪拌が激しく回数も多くなるのだが「荒れ」が意識される。
「荒れ」は自分の豆腐に対する美意識に最も逆行するもので味だけでつるつる感の劣ったものは商品として認めない。
やはりムラより気味。ややへたり。ちっちっちが一杯。荒れはない。豆乳コントロールが利いていたのか。
だが・・・・味はすごい。
きのうまでのがなんというかワンテンポおいてからぶあっーと味が押しかけてくるのにたいしてきょうのは口に入れた最初から甘い、うまい。こないだのオオソデフリと類似の領域にある。 新井さんのと同じ味である。
こういう領域で手仕事の快楽にひたっている新井さんはたいした青年である。
家内に食べさせると、これは豆腐の領域ではない、と。
ややしつこいかもしれない。
ただこの域までくるとこれはもう機械生産とはまったく無縁の世界で、手仕事の快楽そのものと言える。
こんなにいい加減に煮たのに・・・。
寄せはスリルたっぷりの最高の快楽であった。
海水にがりはおもしろい。
次回は無消泡剤でやろう。
絞りの条件ははもっときびしいと思う。煮るのがどうかなー、・・・・。
1.20 きのうのは煮方が失敗といえども脅威の味であった。しかし寄せ豆腐とまりだろう。きぬはちょいとへなへなちっちっち。鳥の足跡いっぱい。
今日は最高にひま。こういう時こそ遊ぶチャンスである。
きょうはたまちゃんを3回煮る。
1回目、消泡剤少し使用、きのうの絞り不可にこりてやや薄め。12度くらいかな。
ていねいに煮る。圧力かける。きれいに絞れる。
旨い豆乳であるがギンレイ、オオソデフリ、ミヤギシロメ等とはかなり異質なうまみで人によってはそのうまさが分からないと思う。豆が本来持っている旨み・甘味よれも低く感じられる。
もろもろの味がいっぱいつまったお豆さんなのだと思う。
ところが寄せてみるとはっきりとしたねちょ甘である。やや薄いと感じるのは最初の設定が薄いのでいたしかたない。
タンパクが少ない大豆なのできぬにするにはこの濃さでは無理がある。
2回目、無消泡剤。1回目より濃くやる。14度は出ていると思う。さらにていねいに煮る。
きわめて力の強い大豆であることがわかっているのだが良く煮えたせいか所定のにがり量では不十分であった。対流をみて即「不足」とわかるのだがそのまま回数でごまかす・・・・やはり満足のいくものではない。へなりへなりしている。
3回目、無消泡剤。きのうよりはかすかに薄いのかなー。この辺が限界だろうとヤマカンで煮る。絞れないと悲劇なのだが・・・。
ぴりぴりしながら温度計と蒸気弁との格闘である。釜が簡単にあけられるタイプでないので開けるのはイヤッ、面倒なの。
うおっー、何とさらさらに絞れるではないかい。若干おからに湿り気は感じられるが。豆乳も濃い。このレベルでも単純に「甘い」という感じは得られない豆乳である。不思議な甘さである。
寄せはひとつはゆず豆腐に・・・さらに力の強くなった豆乳に対応できずやはりへなへなでちっちっちの多い豆腐に。
残りの豆乳はきぬに。ゆず豆腐のパイロットのおかげでこちらはほぼ完璧であった。旨いナー。寄せてしまうとこんなにねちょ甘。
ナカセンナリにしてもこの大豆にしてもいえることだがーひねる」ことによって「ねちょ甘感」は強烈に出ることはたしかに一般を印象付ける。
ただ日本料理的な美意識からするとかすかに「青さ、野の香り」はあったほうがいいと思う。無消泡剤でもきょうのはほとんど野の香りはせずひたすら甘いというところであった。
1.22 きょうは2回やる。
1回目。きのうとほとんど同じ具合に煮るがやや所期の温度よりも1-2度高くなってしまう。圧力は同じ程度。
がほん。なんだこりゃ。まずい!!!!!
遠くから甘味はやってくるのだが・・・。去年のたまちゃんみたいになってしまった。・・・廃棄。
温度の差なんてほとんどないはずなのだが。時間? 漬け時間? つぶし具合?・・・?
2回目。緊張してしまう・・・こういうの良くない。慎重にと思いやや薄くする。
一回目が失敗だとどうしても控えめになってしまう。「思いきり」が大切なのだが。
やや低めで加熱を抑える。蒸らしの時間にほかの作業をする。
戻ってくると温度計がなんと110-2度に。あれれ。
急いで押し出す。
だめだろう・・・と思いきやさらさらに絞れる。
なんだよこりゃ。温度計がおかしいのかな。
豆乳は一回目と違いきのうと同じ。非常に甘い・旨い。
寄せもOK。
なんだよ今日のは?
1.23 きょうも二回炊く。
一回目ふつうに炊く。所定の温度で加熱止めムラす。きのうはこのあと温度があがってしまったのできょうはじっと見つめる。x度で止めるとほとんど針は動かないのだがy度まで上げるとそのあとゆっくりと上昇し110度近くになる。
感知針の接触の問題かしらね。こういうもんだということが事前にわかっていれば調整はできる。
きれいに絞れる。14.5度ぐらいかな。OKです。
二回目。やや濃くとる。加水減らす。熱伝導が悪く煮えにくいのでさらにていねいに煮る。
やはりさらさらに絞れる・・・ややおからに湿り気といったところ。
粘性が高い。温度高めでないと分散が悪いのだが海水にがりの高温凝固はちとむつかしい・・・・。でも結果は良い。豆腐の肌のねちょーんとしたのをみると味は簡単に予想がつく。旨い。なんか甘すぎるかな。
9時ごろから雪となる。結構すべる。いつもの急坂はこわいので敬遠、たいしたこともないだろうとノーマルで・・・。こわかったがやがて雨っぽくなってくれて一安心。
お昼に食べる。若干塩っぽい甘味でややくどい気もする。煮方で加減できるかな。
1.26 毎日やってもちっとも飽きさせない魅力をもった大豆のようだ。
気むつかしい相手に楽しい限り。生き物相手の職業のエッセンスがここにはある。
今日はすこーしいつもより濃い目。この「すこーし」がくせもので、なめながらの味確認無しでやるのには多大な影響がある、ものぐさにはそれなりのリスクがつきまとう。
毎日境界線上の勝負。
さてさて・・・。
ふわーっとしたまろやかさが出た、これだ。
やはり竹下景子風が一番いい。自分はここに基準を置きたい。
お昼に親父が食べていた。
1.28 テレビの国会中継の「音」だけ聞きながら書く、むなしさこの上なし。
この品種のこのロットという条件付きで、しかも自分の好み、という条件付である程度適切な作りというものがわかってきた。一年通しでやったらスリル満点の楽しい作業となろう。
こういう品種を地上にあらしめた神は偉大なり。
とにかくこの大豆の”一般論”というものは書きづらいのだろうと思う。
新井さんの言った”じゃじゃ馬だがうまくいくと究極・・・”ということばは含蓄がある。
たしか『カラミテジェーン』というアメリカ映画がこんな内容だったかな、ほらあの『ケセラセラ』を歌ったおねえ様が主役の・・・。絶世の美女ではないですが。
作り方でこんなに千差万別の味がでるタマちゃま、ありがとう。
好奇心旺盛な製作者には最高の教材となるでせう。
1.30 ドリスデイでしたね、突然思い出した。
きのう今日となんか変だった。
煮方はほとんど同じかと思うのだが全然しぼれなくなってしまった。
いつもの半分ぐらいしか豆乳がとれない。
ただし味は良くてとてもうまい。
寄せは至難の領域である。きぬは2回連続失敗。へにゃへにゃのムラより。
3度目のなんとかというのは私はやらないタイプなのだが注文なのでしかたない。
やはりだめ、やらなくてもわかっていることだな。
豆乳がないのできぬは他の大豆でやる。
・・・・・。
昼過ぎ釜をあけて温度計の先端と噴気孔を調べる。
噴気の枝がかなり傾いていた、・・・これかな。
温度計の先端も膜がはっているが・・・この程度で断熱性・・・??
あしたは気分転換でオオソデフリのやや小さい粒のでやってみる。
2.02 軟質系の大豆は煮るのに神経が疲れるが適度な刺激になるのかな。なめながらのチェックは釜の構造上非常に大変なので極力蒸気弁と時間との闘いになる。
ところが現実には豆が浸かっていたその日気温まで影響してくるので理想としてはやはり舐めながらの煮炊きが一番だと思う。しかし無消泡剤だと噴出しがあるのでそれもかなりむつかしいことだ。
圧力をかけなければならないのは宿命だろう。
いずれにしても熱に弱いというのは逃れようのない事実である。
へたる直前に加熱・蒸らしストップなのだがタイミングはデータを積み記憶するしかない。
ちょいとの煮すぎがとんでもないことになってしまう・・・でも"飲む"のには最高かな。
境界線上の煮炊きはどうしてもややというかかすかに"青さ"がある。豆腐としてはとてもいいのだが飲用の豆乳としては敬遠されるだろう。
ややムラ寄りになる。つるつるのムラ寄り・・・荒れたムラ寄りよりははるかにいい・・・味は出来たて時は同じだが。
へたり気味だがまあまあとしよう。
2.06 やや薄めに煮る、ちゃんと絞れる。
煮えている。
寄せると・・・やはりやや薄いかな。
にがりきぬとしての固さはまあ十分だろう。
もろさと粘性との闘いの大豆だが寄せは最高にむつかしい部類だろう。
にるのもやっかい。
手のやける大豆さんですね。
2.20 きょうのは島根県の新豆。
新豆はうまくないとの前評判からなげやりに、いいかげんに・・・・。
ふつうにていねいに煮る。
タイマーを使いきちんと煮る。ひねの時よりかすかに到達温度をひくくとる。
ムラし時間はひねとおなじ。
さて絞れるかな・・・Very Good. とても快調。
これはきっと青いのでは・・・。
まったく大丈夫。いい具合に煮えている。煮えすぎでもない。
なめてみると豆乳は甘い。ふわーっとしている。粘性はひねよりない、さらさら。
寄るかな・・・?
きれいに寄る、ややちっちっち。十分かたい。
なんと、旨いではないかい。
ふわっーとしたところが竹下景子というよりどちらかというとルノワール。
ややぼてっとしたところがあるかもしれない。
諸味いっぱいというのが新豆。これが絞り込まれていくのが「ひねる」過程というものだろう・・・化学変化で新たな成分が生まれるのかな?
でもこれはこれ・・・旨さのひとつとして申し分ない。
ある特定の「旨さ」を一年中出そうという商売もあるが自分は豆腐は料理・創作とは考えない主義なので季節季節の味を最大限引き出してやればいいと考える。
作るほうも年中同じと言うのも飽きがくる。
味ばかりでなく、煮方・寄せ技術・・・もろもろが変化すればこそスリルがあってやめられないのである。豆腐作りはきわめて知的な作業・・科学なのである。
もちろん科学だけではだめですがね。
4.13 ここ数ヶ月タマホマレが準レギュラーになりましたがとても調子がいいので去年の最初に使った豆はいったいなんだったのだいとつくづく思います。
袋はすべて同じ農家というわけではなく異なった生産者名だったりするのですがみんな同じような"いい味"になってくれます。
しかも滋賀県、島根県両方をとっかえひっかえ使っていますがまったくおんなじ感じ。微妙な差はもちろんあるのでしょうが・・・。
新豆状態を使っているのは今年が初めてですが、新豆であるということがこのいい状態の原因なのかしら。
ひねる過程で極端に差がでてくるのかな。
とにかくタマホマレの新豆はよくないとの前情報でしたが自分の味覚にはまったく問題なくおいしいものに感じるようです。
滋賀県も島根県もほとんど同じということは両者ともに"ましめに"育てられたタマホマレなのでしょう。
問屋さんがこの豆をある味噌屋さんにすすめたところ「それだけは・・・」と断られたそうです。以前使ってひどい目にあったそうです。ダメホマレにあたってしまったのでしょう。
5.08 ここのところずーっと調子が良くて書くこともなかったのだが何日か前と今日のはへんだった。
煮方が悪いのかと思いいろいろ変えてみたのだがみんな何か変だ。
甘いのだが変な味なのだ。青いのとも違う。何か変なのです。
漬け時間なのかな。ここのところ気温が高いので漬ける時間はだいぶ遅くしてるのだが。
まして昨日から今朝にかけては熱帯夜もどきであった。
実際睡眠時間はゼロでもあった。
味見する自分の体調も関係あったのかな。
タマホマレのむつかしさの典型なのだと思う。だからラインには全く向かないのだろう。
5.09 昨日は朝から蒸し暑かったのだが夕方から寒冷前線通過のためか急にすずしくなってしまった。
そのせいか今日のはとてもよかった。別段煮方に凝ったわけではない。きのうはタマホマレを4回煮た。一回目がへんな味がしたのでそのあと煮方をすべて変えてである。消泡剤使用も一回やる・・・だめ。・・・全部ダメ。甘いけどへんな味がしたのである。
漬け時間の完璧なコントロールといわれても冷蔵庫のなかで漬けるとでもいうのなら可能かもしれないが・・・・。
暑い季節となり一段と神経を使わなければならないな。
他の豆ではこんなことはないのだが。
単に気温と漬け時間という関係ばかりでなく、大豆の年令すなわち収穫されてからどれだけたっているか、との関係もおおいに関係してくる。となるとややこしさの極み。経験的に、対処療法的にとりくむしかない。
手作り専用の大豆なのだろう。
神様に感謝しなければならない。
こういったことからこの大豆は工業的には極めて完成度が低いといわざるを得ないのかもしれない。
しかしうまくいった時といったら・・・・。だからやめられない魅力を持っている。
今日のはうまい。
5.10 昨晩もやや寒かった。
できは良かった。やや薄めに煮たせいか煮え具合は申し分ない。
これからはどんどん暑くなっていくと思われるので神経使いそう。
5.11 きょうのは生産者がいままでと異なっている。
問屋さんからの購入なのでいたしかたない。
ただ契約栽培と違って「いいもの」をこちらが選択できるというメリットは大きい。
きょうのはどうかな。
豆乳の段階でいままでのと異なる味である・・・「へんな味」というのではない。
寄せからかなり力の強い豆であることがわかる。別段濃くしたわけではない。
きわめて安定した対流である。
きれいに寄る。かなりクリーミーである。甘味はやや劣る。味は初対面の味である・・・うまい。農家別に選別されるもの、特定地域のものを全部混合して「平均」を売るもの。どちらもそれなりのポリシーがあるわけだが・・・・。
不安定は仕方ない・・・うまけりゃいいか。
9.05 もうすっかりレギュラーになってしまったので「日常性」ゆえに記録を怠ってしまいがち。
豆乳後の「どろどろ化」スピードの早さには恐れ入るばかりではあるが、粘度の違いによるよせ技の微変化は楽しいものである。
粘性はやっかいなものであると同時にコントロールできるようになると(もちろん限界はある)快楽そのもの、旨みの表現におおきな影響を与えられる重要なファクターである。
どろどろしていれば当然にがりを投入しても混ざりにくい・・・。
さらさらでももちろん可能ではあるが凝固後に粘性を含ませるのは技術が要る。
なんとなくひねはじめてきたのかな?
9.28 ここのところとても味が絞り込まれてきているのに気づく。いい味である。絶えず変化していくものが相手の商売。むつかしさはあるが喜びのほうが大きい。
オオソデなんかより甘いような気がする、でも豆腐になって冷えたのを食べてみると決していや味ではない。
10.11 義弟の葬式のあとでとうてい文章など書く気にはなれないのだが・・・。
滋賀県タマホマレ。
A社は中粒の2等。B社は大粒の2等。
A社のはかなり熟成が進行しておりナカセンナリやオオソデフリのひね熟成と同じ症状・味を現している。うまいのだが自分はこういうのは究極・"高み"とはとらえることはできない。色がやや黒っぽく出る・・・黒っぽい白色である?
B社のはまず色の白さに驚く・・・もちろん豆腐の色のこと。
味は新豆の息吹がかなり残っている、すこーしばかり熟成の美味が加わっている。この味は自分の好みである。はっきり言って今が自分の一番理想の味なのかもしれない。
A社もB社も農家はちがうのだがその差ではないと思う。夏季の温度管理の差だと思う。聞くところによると「冷蔵保存」とは冷蔵庫を意味しないと聞いた・・・がっかり。
A社のははっきり言って温度管理がずさんなのだと思う。
ただにがりとの反応特性・豆乳のちからに関しては今の段階では全くイコールと言ってよい。A社のタマホマレに劣化は感じられない。
自分のところには大豆が30-40袋程度0-5度Cで保存してある・・・珍品・高額大豆だが・・・が、世の問屋さんののたまう冷蔵保存とは単に20-25度C程度のところに保存してあるだけだと知ってがっかり、でもこれでもかなり意味があるということではあったが。
1.08 毎日つぶしているのであるが変化のきざしに気付く。
毎日やっているとなんとなく見過ごしてしまっていることがあるものだが今日のは明らかに変であった。例の変な味である。
3釜やって1回目がまるきし変、2回目は正常、3回目は少し変。
正常がひとつでもあったので漬け時間にすべて責任は負わせられない。
漬け時間に応じた煮方はある。
一回目は他のことに気をとられて明らかに煮すぎ。
2回目は普段より蒸し時間を減らす。
3回目は2回目と同じ程度の加熱の塩梅ではあったが例の90度過ぎたあたりからの泡対処の時の温度計のふらつきへの対処が悪くて圧力のかけすぎだったのだと思う。
無消泡剤は煮る量が多いのはもちろんダメだが少なくても温度計の数字がふらつくことからくる不手際で煮すぎてしまうことがある。
泡の出方にもよるのだが・・・。
タマホマレは凝固特性はムラユタカと並んできわめて安定しているため寄せは簡単なのだが煮ることの難しさを改めて痛感する。四季を通して付き合わなければならないと同時に「変化のきざし」というものに目や舌を研ぎ澄ましておかなければならない。
チベットのにがりの実験をかねていたのだがそれどころではなかった。
1.10 きのう京都からK氏が天外天にがりのことで取材に来るというので慎重に煮たらなんなくいつものようになったので今日はラクチンであった。
今日も天外天にがりでやってみたのであるがかなりこの大豆にはやりやすいにがりである。ギンレイや音更オオソデフリ、フクユタカにはちょいとむつかしいかもしれない。
にがりだけのストレートと塩を混ぜたものと2種類やるがどちらも旨い。
ストレートだとやや甘味に欠けるのであるがタマホマレだとそもそも甘いのでこれだけで十分であると思う。
チベットの塩を混ぜたものもとても旨かった。
この塩を混ぜたものですら普通の海水にがりと比べると夾雑物はかなり少ないので普通の海水にがりで寄せたものと比べると味は異なっている。
この辺を今後探りたい。